「お話(仮)」
すると数秒後、意外にも女は抵抗するビアンカから手を離し、まるで何事もなかったかのように背を向けて何処かへと歩き去っていった。
「何……? 私を、つかまえにきたんじゃないの?」
ビアンカは意味が分からず、しばらく呆然と立ち尽くしていた。
ともかく難は逃れた。その手に残る温もりを感じつつ、ビアンカは何気なしに、先程からずっと握りしめていた拳をほどいた。
「え? うそ……何で?」
信じ難いことに、その手の中では『SILVER・EYE』が傷ひとつない状態で輝いていた。
そして――。
「どうした、その間抜けな顔は」
「スキュラ!?」
顔を上げたビアンカの瞳に、岩を背にたたずむスキュラの姿が飛び込む。
不思議と傷は癒えている。
「長居は無用だ。さっさと行くぞ」
スキュラの腕が力強くビアンカを引き寄せ、二人は並んで洞窟を後にした。
○
星空の下、サラは微笑む。
「星の王子様。彼は教えてくれたわ。寂しい時、一人ぼっちで泣きそうな時は、顔を上げて、夜空の星と心をつないで祈るんだ、って」
「心を、つなぐ?」
シヴァが繰り返す。
「そう。だから私は祈ったわ。何度も何度も祈り続けた。いつか、奇蹟が起きることを信じて」
「それで、お前の言う“奇蹟”は起きたのか?」
「……えぇ、起きたわ」
驚くシヴァの瞳の中で、サラは大きく頷いた。
「ふふ、嘘じゃないわよ。奇蹟はね、ホントは誰にだって起こせるんだから」
「私にも……奇蹟が起こせると?」
「もちろんよ」
サラが答える。
その言葉は力強く、とてもあたたかかった。
(シヴァちゃんなら出来るわ)
そこに重なり合うように、シヴァの胸の奥で懐かしい声が響いた。
彼女はゆっくり顔を上げた。
(出来るわ)
そして、湧き上がる想いに身を委ね、夜空の中心で輝く一等星に語りかけた。
「叶うならば……そうだな、もう一度だけでいい」
――――もう一度、お前の顔が見たい。お前の声が聞きたい。
しっかりと、この目、この耳に、刻みつけておくために……――――
○
眩い光の中で、クリスの唇に笑みが浮かぶ。
「……ホラね、……出来た」
カムイが驚きに目を見開く。
素手で止められた太刀。その先には、青白い炎を全身に纏って立つクリスの姿があった。
一体何が起きたのか。それすらカムイには分からなかったが、ひとつだけ確かなのは。
「鬼が、消えやがった」
カムイが呟き、同時に巨大な棍棒が音を立てて地面に落ちる。
――と。
「石ではなく、よもや己の体ごと“媒介”にするとは……」
「アンバー……。遅いわよ」
道の奥からアンバーが姿を覗かせ、蒼炎の負荷に耐えるクリスに歩み寄りながら、彼は続けた。
「常人ではまず精神を喰われていたでしょうに。無茶な賭けを」
「結果オーライでしょ? なんて、正直……結構キツイわね、コレ」
「これは失礼。しかし、こんなにも不安定で、そして未知数な器ははじめて見ましたよ」
そっと、アンバーがクリスの胸元に触れる。
と、たちまち灼熱の負荷が消え去り、代わりにそれは脈動するエネルギーとなってクリスの内側に吸収されていった。
「今、何したの? って、まぁ聞いてもよく分からないんでしょうね」
クリスが笑う。そんな彼の様子を横目で観察していたアンバーだったが、その後、つられるように微笑み返すと、おもむろにこう切り出した。
「ところでクリスさん。あなたは以前“次元を超えたい”と仰っていましたが、そのお考えは今でも変わりありませんか?」
「……あら。ひょっとしてソレ、元の世界に戻れるってコト?」
「それは“器”の大きさ次第です。という訳で、まだ立っていられますか?」