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「お話(仮)」

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 うさぎは少し警戒した様子だったが、その後、ゆっくりと彼女の指先に鼻を近付けた。
「?」
 と、そんなうさぎの長い耳が動き、続けて檻の向こう側で物音が聞こえた。
 どうやら、それは少しずつこちらに近付いてきているようだった。
「何? アンバー、なの?」
 重苦しい気配。アンバーではない。そう悟った途端、彼女の中で恐怖が一気に膨れ上がった。
「誰!?」
「うるさい、騒ぐな。お主がゴルゴンゾーラの娘だな?」
 直後、岩間から姿を現した妖艶な美女。
 高く結った髪を揺らしながら、彼女はビアンカに近寄り、上から片手を伸ばして言った。
「我が名はスキュラ。チェバで落ち合う筈が、とんだ無駄足を踏ませおって」
「スキュラ……って、あんたがあの裏切り軍師だって言うの?」
 疑いの眼差しを向けるビアンカを上下に眺めた後、スキュラは無愛想に返す。
「ほぅ、そこか。いいから立て。行くぞ」
「あら、ひどい口の利き方ね。それで、出口はどっち?」
「それはお主の役目であろう」
 そう言って、ビアンカの腰部分を指差すスキュラ。
 見ると、ワンピースの右ポケットが仄かに青白い光を帯びている。
「落石であちこち塞がれて、帰り道を探すのが手間だ」
 スキュラが指を上へ向ける。すると、ポケットから何かが飛び出し、ビアンカの手の平に乗った。
 それは、昨夜アンバーから借りたあの小瓶だった。
「何よ、小鳥に道案内でもさせる気なの?」
「小鳥、か。まぁ何でも構わぬ。左様、それを放てば、飼い主――即ちあのアンバーとやらの所まで真っ直ぐ辿りつけよう」
「でも」
 蓋を指で押さえたまま、ビアンカは躊躇した。
「絶対に開けないって約束したわ。叱られるのはイヤよ」
「案ずるな。出口の見当がついたら、あやつに会う前に、その瓶の中の……」
 ビアンカの手元から目線を反らしてスキュラは続ける。
「“小鳥”を捕らえ、再び瓶に戻せば問題なかろう」
「……」
「お主、知りたくはないのか? あやつの秘密を」
 振り返ったスキュラの瞳が妖しく光る。ビアンカは唾を呑んだ。
「……そ、そうよね。少しだけなら、いいわよね」
 ほんの少しだけ。好奇心に駆られ、その細い指がコルク栓を掴む。
 そして、ゆるんだ栓がガラス瓶との間にわずかな隙間を作った――――その時。

 ぴたりと動物達の声が止んだ。

「え? ちょっと、何も出てこないじゃな……」
 ビアンカが口走った次の瞬間、吹き抜けた生ぬるい風と共に、目の前が青一色に染まった。



 その刺すような殺気は、洞窟の外で待つクリス達にも伝わった。
「何? 今の……」
「まずい事になりましたね」
 低く呟き、遠目に洞窟の様子を窺うアンバー。
 見張りはいない。その後、彼は気配を殺して立ち上がると、黙って洞窟の方へと歩き始めた。
「行くの? 待って、それならアタシも」
「クリスさん。あなたはここで待っていて下さい。この先は危険です」
「でも」
「そもそもは私のまいた種。これ以上、関係のないあなたを巻き込む事は出来ません」
 ――と。
「……ビアンカちゃんのピアス」
 背後で響いたクリスの声に、アンバーの足取りが止まる。
「ひょっとして、それが噂の『紅真珠』だったりして? なんて。どうやら図星みたいね」
 そのまま目線をアンバーの腕の刺青に移しながら、クリスは笑顔で続けた。
「これはアタシの想像だけど、今までの言動から考えて、アナタは何か特別な事情があってゴルゴンゾーラ家に仕えている。例えば……宝石を巡る取引。そう、『紅真珠』とか」
「あなたには敵いませんね」
 つられるように、アンバーの口元にも笑みが浮かぶ。
「というワケで、アタシも関係者よ。教えて頂戴、アナタの秘密」
「時間がありません。移動しながら話しましょう」
 素早く身を翻し、ほどいた蝶ネクタイを後ろ手に投げるアンバー。
 それは一瞬だけ彼の素顔を映した後、ゆっくりと弧を描いて草むらに落ちた。


作品名:「お話(仮)」 作家名:樹樹