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「お話(仮)」

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 第8話 『二つの奇蹟(後編)』

 月は蒼く、大地を冷たく映し出す。
「どうやら、あそこが彼らのアジトのようですね」
 先頭を行くアンバーが、草むらの奥に見える岩洞窟を目で示す。
「盗賊団『ケモノ』、だったかしら? よく場所が分かったわねぇ」
「……“彼”が教えてくれましたから」
「彼?」
 クリスの疑問に答える代わりに、そっと右の袖口をめくってみせるアンバー。
 その褐色の手首には、赤青白と三つ、同じ図形状のタトゥーが並んで刻まれていた。
 円の上にU字曲線が乗った図柄。その形には見覚えがあった。
「成程、使い魔か」
 横で会話を聞いていたスキュラが口を挟む。
「それは辺境の呪術師共が崇める文様。石に宿した使い魔を介し、娘の居場所を割り出したか」
「どういう事? ちゃんと一般人にも分かるように説明してくれない?」
「発信機のような物だと思っておれば良い」
 そっけなく一言返した後、視線を遠くへ移してスキュラは言った。
「それより、もう一人の小娘は良いのか? 眠らせたまま宿に残してきたようだが」
「サラちゃんの事ね。宿のおじさんに事情は話したし、イザって時に備えてアンバー特製の“お守り”も付けてもらったし、大丈夫よ。……大丈夫、夜が明けるまでに戻ればいいのよ」
「そう容易く行くものか」
 言い聞かせるように繰り返すクリスを傍目に、スキュラが鼻で笑う。
「静かに」
 ふいにアンバーが会話を遮り、三人は揃って草むらに伏せた。
 目線だけを上げると、洞窟から数人の少年少女が顔をのぞかせた所だった。
 見張りだろうか。彼らは原始的な松明を掲げて辺りを見回した後、再び洞窟内へ戻っていった。
「あら? あの子達の手……」
 クリスが反応する。一瞬だったが、炎に照らされた彼らの右手で何かが光った気がしたのだ。
「刺青であろう。さほど珍しくもない」
「そう……、まぁイイわ。それにしても、ずいぶん若い子が多いのね」
 そのまま彼は洞窟を横切るように首を動かし、反対側のアンバーに尋ねた。
「で、これからどうするの? あの感じだったら、正面から突破するのもアリかもしれないけど」
「それはリスクが高過ぎます。勝ち負けの戦ならともかく、今はお嬢様の安全確保が最優先。中の状況が分からない以上、迂闊には動けません」
「ならば、調べに行けば良かろう」
 おもむろにスキュラが立ち上がり、そして――。
「我が手に入れし『不老』の肉体。故に我は時の呪縛から抜け、その姿もまた然り」
「……」
 アンバーは黙ってその様子を見詰めていた。
 数秒後、そこに立っていたのは、まだあどけなさを残す一人の少女。先程の見張り達とさほど年は変わらないだろう。
「この姿で偵察をしてきてやろう。疑われたら、また姿を変えて逃げるまでのこと」
 顔に不似合いな眼差しでアンバーを見下ろし、彼女はその判断を待った。
「失敗は許されませんよ」
 呟くアンバーを横目に、片手を口元へあてがうスキュラ。月下、蝙蝠の刺青がその笑みを隠す。
「決まりだな」



「このッ、馬鹿野郎共が!!!」
 ほら穴にこだまする怒声でビアンカは目を覚ました。
「お、おカシラ。そんな大声出すと、また天井が崩れやすぜ。ここらの岩盤はスゲェ脆いんスから」
 二人の男の話し声が彼女の耳に届く。
「あ? そのふざけた場所見つけてきいたのァ誰だ? てめェだろうが! くだらねェ説教たれてる暇があったら、とっとと新しいねぐら探してきやがれ!!」
 辺りを揺るがす怒鳴り声に、走り去る手下の靴音が重なる。
「……」
 目を開けると――そこに見えたのは、背の高い男の後ろ姿。
 はだけた着物からは鍛え抜かれた筋肉がのぞき、長い赤毛は高く無造作に束ねられている。
 ビアンカはゆっくりと起き上がった。するとすぐに気配を察知し、男の首が振り返る。
「よゥ」
「何よ、誘拐? あなたここのボスよね? どういうつもりか知らないけど、もうすぐ私のボディーガードがやって来るわよ。彼、マジ強いんだか……」
 瞬間、硬い手がビアンカの顎を捕らえ、男はそのまま食い入るように少女を見詰めた。
 震える鼓動がその手に伝わる。
「なァ嬢ちゃん。この俺が怖いか?」
「まさか。怖い訳ないでしょ。あんたみたいな盗賊、アンバーの敵じゃないわ」
「ハ」
作品名:「お話(仮)」 作家名:樹樹