「お話(仮)」
「そう。何て?」
「人はみんな、いつかお星様になるんだって……。本当かな?」
「えぇ。本当よ」
途端に、夜空を眺めるサラの瞳に大粒の涙があふれた。
「やだよぉ……ママ……。お星さまになんて、ならないで……。いなく……ならないで……っ」
星に向けて伸ばされたサラの手の平が虚空を掴む。
直後、クリスは両手でサラの体を抱きしめ、彼女の涙を優しく拭った。
「いなくなったりしない。お母さんは、お空でずーっとアナタのことを見守ってくれているわ。その証拠に、お星様はいつだって、アナタを追いかけてきて夜道を照らしてくれるでしょ?」
「でも……っ、お星さまとは、お話できないよ?」
「出来るわ」
小さなサラの手を掴んでクリスは頷く。
「淋しくて泣きたい時は、顔を上げて、天国のお母さんと心をつなぐの。そうすれば、答えはいつか必ず返ってくるから」
「こころを……つなぐ?」
サラはクリスの手を握り返し、心地良い温もりを感じながら目を閉じた。
そんな彼女の寝顔をしばらく眺めていたクリスだったが、ふいに顔を上げ、彼方の空へ呟いた。
「アタシも、立ち止まってられないわね」
そんな中、短く二回、部屋の扉を叩く音が鳴った。
「どうぞ。開いてるわよ」
小声で彼が答えると、静かに扉が開き、予想通りの人物が姿を見せた。
その手には何かが握られている。
「ビアンカちゃん、寝た?」
すると、アンバーは小さく頷き、部屋のカーテンを閉めるよう目で指示を送る。
「さて、と。何からお話しましょうか?」
「そうですね」
足音を潜めて暗がりを移動し、アンバーは手元のスタンドライトをつけた。すると、彼が手に持っていたものが青白く光を反射する。
「紅茶にはお砂糖、いくつ入れます?」
ダージリン茶葉の缶。クリスは笑顔で答えた。
「五つ。うんと甘くして頂戴」
「こんな夜中に、ティーパーティー?」
木製の壁にぴたりと顔をつけ、隣室の様子をうかがう少女が一人。
ビアンカだった。寝たふりをしていた彼女はその後、密かにベッドの上で聞き耳を立てていた。
「アンバーってば、この私に内緒であいつと何楽しんでるのよ。ホント、大人って許せないわ」
「……あぁ。ゴルゴンゾーラ社の令嬢を一人ほっぽらかしとくなんざ、なぁ」
直後、口元に湿った布を押し当てられ、彼女の意識は途絶えた。
「それにしても、まさかこんな所で会えるなんて思ってなかったわ」
事の経緯を大まかに語り終え、クリスはにっこりと目の前の相手に微笑みかける。
褐色の肌に、淡い色をした髪。続けてクリスの脳裏を、いつかのルビアの情報が巡る。
(『蒼き鬼の棺』……、あれは昔屋敷に仕えていた男の置き土産でね)
(聞いた話じゃ、少数民族の末裔で、石に魔力を注ぎ込む不思議な術を使えたらしいけれど)
「ずいぶん探したのよ」
ポケットの中で、その指が白紙の『蒼炎の書』に触れた。
「なるほど。クリスさん、あなたはその不思議な術で、二十年後の未来からいらしたと」
目を伏せて思案した後、ゆっくり視線を上げてアンバーは言った。
「いささか信じ難い話ではありますが、聞く限り、あなたが嘘をついているとも思えません」
「ねぇ。それで、元の世界に戻るにはどうすればいいの?」
アンバーは再び黙り込んだ。
「クリスさん。時空を捻じ曲げるほどのエネルギーを生み出すのは、そう容易な事ではありません。確かに我が民族の一部の者は、石に特殊な力を与えるすべを心得ています。しかし……」
空いたティーカップに紅茶を注ぎ足しながら、アンバーは続けた。
「大きな力を集めるには、それ相応の巨大な“媒介”が必要です。そこらにある容量の小さな器では、小さな力しか入りません」
カップからあふれ出た紅茶が、テーブルを伝って床へこぼれ落ちる。
「つまり、それだけ物凄い石が必要ってワケね。でも、一体どこを探せば……?」
その時、クリス達は窓の外に不穏な気配を感じた。
クリスが立ち上がり、窓枠に手を伸ばす。アンバーは気付かれぬよう、そっと右手を構えた。
直後、クリスは一気にカーテンを開けた。
「え? スキュラ?」
月光の下、そこにはスキュラが細い窓枠に片足を乗せた状態で立っていた。
「どうしたのよ? ずぶ濡れじゃないの!?」
窓の外に目をやるが、雨は降っていない。一方スキュラは土足のままベッドをまたいで部屋に上がり込み、興奮気味に口を開く。
「ついにやったぞ! やはり海に飛び込んだのは正解だった。力が全身にみなぎってゆくぞ!」
「ちょっと、落ち着いて。海に飛び込んだって……何があったの?」