「お話(仮)」
「不愉快ね。あなた、私を誰だと思っているの?」
男の真正面に立ち、長い髪をかき上げながら少女は颯爽と言った。
「私はビアンカ・ゴルゴンゾーラ。口の利き方には気をつけなさい」
ゴルゴンゾーラ。その名にクリスの表情が変わる。しかし、男達の反応は違っていた。
「それがどうした? そっちこそ、オレらを誰だと思っていやがる?」
「え? ちょっと……」
戸惑うビアンカを取り囲み、男達は一斉に得物を彼女に向けた。そして……。
「盗賊団『ケモノ』ってのは、オレらのことだ! 最後の最後に……覚えてくれよな?」
瞬間、銃声と共に天井の照明が割れた。
反射的にサラとビアンカを庇う体勢で床に伏せるクリス。
だが、彼が視線を上げると、目の前にもう一人、別の男がこちらに背を向けて立っていた。
おそらく、瞬時に銃口の向きを変えたのだろう。片手で盗賊の腕を押さえつけたまま、薄闇の中にたたずむ褐色肌の青年。
「アンバー!」
「お気をつけ下さいませ、お嬢様」
ビアンカに名を呼ばれ、青年アンバーはにこやかに振り返った。
「てめぇら、何者だ?」
「だから、さっき言ったでしょ。私はビアンカ・ゴル……」
「通りすがりの旅芸人です」
すかさずビアンカの口を塞いで、アンバーが続ける。
「大変失礼致しました。お騒がせしてしまったお詫びに、ひとつ手品をお見せしましょう」
そう言って彼が取り出したのは、古めかしいガラス瓶。よく見ると、中で豆粒ほどの大きさをした青い石が宙に浮かんでいる。
「これは魔法の小瓶です。皆様ご覧あれ。瓶の中を漂う小石に呪文をかけると……摩訶不思議」
栓が抜かれたその刹那、瓶の内部から無数の青い鳥が飛び立ち、盗賊達の視界を遮った。
「あら、目を離しちゃダメよ」
隙をついてクリスが割り込み、素早く敵の手から武器を奪う。
勝負はあった。盗賊達は慌てて身を翻すと、そのまま足早に夜の町へと逃げ去っていった。
「何よ。あんた、意外と強いんじゃない。喋り方はヘンだけど」
クリスを横目にビアンカが鼻で笑う。
「お嬢様、長居は無用です」
「そうね。何だか疲れたし、早くチェバの宿へ行きましょう」
アンバーに促されてビアンカは立ち上がり、並んで店を後にする二つの影。
「ちょっと待って! アナタ達に聞きたいコトが……」
クリスが二人を追いかける。
が、その直後、カウンターの奥から伸びた腕に肩を掴まれ、振り向いた彼にマスターが囁く。
「お客さん。お勘定、まだだよね」
「もう。だから、お金はアタシじゃなくって……」
だが、既にその時、そこにいたはずのカムイの姿は忽然と消えていた。
空っぽの酒樽と伝票だけを残して――。
「まさか……食い逃げ?」
○
柔らかいソファに身をうずめ、クロウは荒い息遣いで目を閉じた。
テーブルの上に置かれた白い紙包み。
クロウはよろけて立ち上がる。そして、片手を伸ばすと、そのまま紙包みを床へ払い落した。
部屋を去る彼の背後で、こぼれた粉薬がたちまち床を黒く焦がす。
「このピアスか……」
シヴァの指先が、右耳の紅い珠飾りに触れる。
「確か、motherの形見だったかしら? そう、それは不思議なpower stone……」
冷たい夜風に巻き髪をなびかせながら、シヴァの耳元でキャシーは続けた。
「本来twinであるはずのピアスが、youの耳には一つだけ。そして、もう一つは……」
二人の内で同時に蘇るノアの横顔。
「ノア様と同じように、そのpowerを解放させるの。そうすれば、youにも“奇蹟”は起こせるわ」
「無理だ」
脳内で膨れ上がる影を払拭するように、シヴァは目を伏せて何度も首を左右に振った。
「私に、そんな力はない」
「かもしれないわね。But……」
ゆっくりと、キャシーの濡れた唇が動く。
「Meには出来るわ」
驚いた様子で、シヴァの緋色の瞳がキャシーを見詰める。
その中にノアの面影を感じながら、キャシーはそっとシヴァの前に両手を差し出して微笑む。
「ずっと眠っていたpowerを解放してあげる。だから、そのピアスを貸して」
「だが……、何故、お前がそんな事をしようとするのだ?」
シヴァの問いに、一瞬キャシーの顔に影が差す。
その後、キャシーは井戸の中から空を見上げ、短く一言呟いた。