「お話(仮)」
「き、今日かい? 4月19日だよ……、247年の。だけど、それがどうしたってんだい?」
――悪い予感が的中した。
共和暦247年。信じ難いことに、それは“今”より二十年も前の日付だった。
「……嘘、でしょ」
途方に暮れ、両手で頭を抱えてテーブルにうなだれるクリス。すると。
「ハハハ!! 面白ェな、兄ちゃん!」
突然隣の席から笑い声が響き、伸びた太い腕がクリスの肩を自身の傍へと引き寄せる。
「何があったか知らねェが、そんな時ゃ酒でも飲んで元気出せ! おいマスター、酒だ酒! それと、そこの嬢ちゃんにも腹いっぱい飯食わしてやんな!」
その後、サラからクリスの方へと視線を戻し、男は白い歯を見せて言った。
「俺の名はカムイ。気にすんな、今日は俺のおごりだ!」
燃えるような赤毛に、はだけた衣服。野獣のような出で立ちだが、悪い人間ではなさそうだ。
「アタシはクリスよ。……アリガト、おかげで少しだけ前が見えたわ」
「そうかそうか、そいつは良かった! おぅ、ちょうど酒が来たみてェだ。男同士、景気よく飲み比べといこうじゃねェか! ハーッハッハハハ!!」
運ばれてきた酒樽を片手で持ち上げ、カムイは豪快に笑うのだった。
「ちょっと、あいつ、さっきから何なの? カフェやレストランでは静かにしなさいって、マナー教室で習わなかったのかしら?」
ビアンカが迷惑そうに、紅いピアスのついた両耳を塞ぐ。
「と言うより、むしろ。ねぇ、私達なんか浮いてない?」
飲み屋で熱湯だけを注文する客は、それだけで十分珍しい。
カモミールの香りが漂い始めた店内で、彼女は改めて客達の顔を眺め、そして溜息をついた。
「田舎くさいオヤジばっかり。私達が迎えに行く軍師もたかが知れてるわね」
すると、執事風の青年は紅茶を給仕する傍ら、店全体を見渡せる位置からビアンカに微笑む。
「そうとも限りませんよ。……お嬢様、お砂糖は三つでしたね?」
「うん。あ、でも今日は二つでいいわ。その代わり、ミルクはたくさん入れてよ」
「かしこまりました」
窓の外で揺れる夜半の月。
「面白ェ……。兄ちゃん、なかなかやるじゃねェか」
半分ほど空になった酒樽の中で、水面に映ったカムイの赤い顔が唸る。
「ふふ。アタシ、こう見えてお酒は結構強いのよ」
顔色ひとつ変えずにクリスがさらりと返す。
飲み始めてから、二人は様々な話を交わした。
数日前に突然戦争が始まったこと。治安が悪化して、町に盗賊が増えたこと。そして――。
「んで。女ってのは、何をやったら喜ぶモンなんだ?」
カムイ曰く、彼はこの町で、とある女性への贈り物を探しているらしい。
「そうねぇ。アクセサリーだったり宝石だったり、人それぞれ違うと思うけれど……」
「エンデュミオン島の名産、砂金細工なんてどうだい?」
横からマスターが口を挟む。
「砂金もイイわ。ところでカムイ、アナタが惚れた相手って、どんな女の人なの?」
「おぅよ、あいつはとびきりの女だぜ! ルビーみてェな目に、さらっとした長い髪。普段は無口で大人しいんだが、たまに笑ったりすると、これが可愛くてたまらねェ!」
「……あら。アタシと好みが似てるわね」
クリスの脳裏をシヴァの面影がよぎり、ほどなく彼は我に返った様子で席を立つ。
「ごちそうさま。この子もちゃんとした場所で寝かせてあげたいし、アタシそろそろ行くわ」
「楽しかったぜ、クリス」
最後にカムイと握手を交わし、そのままクリスはサラを背負って酒場の出口へと歩き出す。
「またな」
「えぇ、またどこかで」
――と。
正面の扉が勢いよく開き、騒がしく店内になだれ込む数人の男達。
直後、うち一人がクリスとサラを拘束して声高に叫んだ。
「よく聞け、てめぇら! この店はオレ達が占領した!!」
たちまち酒場全体の空気が凍りつく。
「こっちには人質もいるぞ。分かったら今すぐ床に伏せて、あり金全部こっちによこしな!」
そう言って、男は持っていた銃の先端をクリスのこめかみに押しつけた。
すると、重苦しい沈黙の中、クリスが口を開く。
「……ねぇ、どうでもいいけど、それって大胆すぎじゃなーい?」
「な! 何だと、てめぇ」
いきり立った男が銃の引き金に指をかける。
仕方がない。状況に小さく肩をすくめ、クリスが武器に手を伸ばした――その時だった。
「いい加減にして!!」
突如、店の奥から響いた女の声。
「もう、さっきから、この店うるさすぎよ! せっかくのハーブティーが台無しだわ!」
ティーカップを片手に進み出たのは、サラとあまり年の変わらない一人の少女だった。
「ナメやがって。子供は寝る時間だぜ?」