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「お話(仮)」

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「っっ!?」
 突如、グレーシャが手元を押さえて床にうずくまる。
「決めた。ホントは君のコト、今ここで殺すつもりだったんだけど、それじゃ面白くないもんね」
 ノアは一本立てた指を唇に当てて囁いた。
「神様は、わるい蛇に不思議な魔法をかけました」
「う、ぁあああ!!」
 刹那、溢れ出した煙がグレーシャの四肢に広がり、苦悶の叫びを上げて彼女は床に倒れ込んだ。
「蛇は、神様を怒らせた罰として手足をもぎ取られ、一生地面を這って暮らすことになりました」
 全身を引き裂かれるような激痛に悲鳴を上げるグレーシャ。
「グレーシャちゃん!?」
 しかし、その声もやがて聞こえなくなり、クリスが駆け寄った時、彼女は目を開けたまま絨毯の上で意識を失っていた。
「あれ? 死んじゃったかな? ちょっとは加減したつもりなんだけど」
「……性格悪いわよ、アナタ」
 冷たく石化したグレーシャの手足を見詰めて、低い声でクリスが呟く。
 しかし、そんな言葉など聞き流し、ノアは続けてクリスの方へと向き直る。
「次は君の番だね」
「悪いけど、アタシだってこのままじゃ引き下げれないわ」
 張りつめた空気の中、先手を取ってクリスが動いた。
 直後、振り翳された『ローズ・マリー』の刃が夕日を反射し、眩しさにノアは目を閉じた。
 その隙を見逃すクリスではない。彼は素早く敵の間合いに潜り込み、思い切り武器を薙いだ。
 ――しかし。
「何それ? 弱いよ、全然話にならないってば」
 攻撃を軽く流したノアが余裕の表情で笑ったかと思うや否や、不意をついて襲い掛かったつむじ風がクリスの体を吹き飛ばす。
「まだまだ、これからよ」
 すぐに体勢を整え、正面から第二撃を仕掛ける。
 しかし、刃先がノアに届く寸前、見えない壁のようなものに阻まれてクリスの動きが止まった。
「ねぇ教えて。アナタ、どうしてシヴァちゃんと同じ顔なの?」
 至近距離からクリスが問う。
「え? 何でって……」
 ノアの眼差しの先で、次第に『ローズ・マリー』が青白い光を帯びてゆく。
 相殺する力と力。刹那、その緋色の眼光が鋭さを増した。
「決まってるじゃん。一緒に生まれたからだよ」
「!!」
 途端に膨れ上がった波動が蒼炎の光を呑み込み、クリスの体を広間の中央付近に叩きつけた。
「あ……くぅっ!」
 身動きが出来なかった。
 全身に得体の知れない衝撃が走り、仰向けに横たわったまま、クリスは痛感した。
 ――圧倒的な力の差を。
「ねぇ、この後どうして欲しい?」
 近付く足音と共に、頭上からノアの声が響いた。
「そうだ。せっかくだから、とっておきのを試そうかな。覚えたての魔法……名前もつけたんだよ」
 その言葉と同時に出現する、小さな黒い球状の物体。
 それはクリスの真上を浮遊しながら、辺り全ての音を喰い尽くした。
「一体……何をするつもり?」
「見せてあげる。僕の『奇蹟』を」
 ノアは指を鳴らした。
 と、途端に黒い球は大きさを増し、その引力にクリスの体がじわりと空中に浮かび上がった。
「引きずり込まれる……っ!!」
 必死に絨毯にしがみついて抵抗するクリス。しかし、球は周囲の物を呑み込むごとに膨れ上がり、凄まじい引力がクリスを襲う。そして……。
「バイバイ」
 玉座に腰掛けてノアが笑う。
 静まり返った王城の外で、太陽が闇に呑まれて沈んだ。



「マダキテナイ。アイツ、マ〜〜ダ キテナイヨ」
 ガラス窓ごしに夜の町を眺めながら、舞台袖に控えたルージュの肩でクロが言った。
「ッテイウカ〜、モウ コナインジャナイノ?」
「そんなこと言わないで! クリスは絶対来るわ。私には分かるの」
 開演時刻はもう過ぎている。
「だって……私達、あの時約束したもの」
 その後、彼女はクロに頬ずりをして、明るく照らし出されたステージへと上がっていった。
 『レクイエム』の幕が上がり、一斉に会場の視線が店の歌姫へと注がれる。
 髪を下ろし、衣装とメイクで別人のように大人びたルージュ。
 彼女はぐるりと客席を見渡した。
作品名:「お話(仮)」 作家名:樹樹