「お話(仮)」
常連の酒飲み達と目が合った。次いで、その周りを取り囲む音楽好き連中と。
昼間とはうって変わり、店内には椅子に座りきれないほど大勢の人々が詰めかけていた。
しかし、その中にクリスの姿はない。
「みんな、私の歌を聴きにきてくれてありがとう」
マイクの前に立ち、珍しくルージュが挨拶を始めた。
「今日は特別な日なの。だから、まずは私に……いいえ、私達にとって特別な曲を歌わせて下さい」
その後、彼女は静かに瞼を閉じ、黒服のバンドメンバーらの前奏に身を委ねた。
何も言わなくても、彼らはルージュの意図を理解したようだ。
それは、この島に古くから伝わる口笛の旋律。
そこに彼女自身が詩をつけた、同胞達へ捧げる特別な歌。
「…………『鎮魂歌(レクイエム)』」
観客達は息を呑んだ。
窓から吹き込む風、揺れる扉。あらゆる音という音が低音の声に共鳴し、それらは総じてひとつのメロディーを織り成した。
静かな雰囲気で始まった曲も、展開部になると次第に激しさを増し、主線部が近付いた頃、ふいに彼女は両手を大きく広げ、夜空の星々に祈るように言葉を紡いだ。
♪ 巡る季節 巡る命
長い冬が過ぎ去り もうすぐ春がやってくる
ほら、見て 明日への花
土の上に落ちた 木の葉が咲かせてくれた花
♪ 巡る月日 巡る命
長い戦争が終わり もうすぐ幸せが訪れる
ほら、見て 明日への花
土の下に眠る みんなが咲かせてくれた花
残響の中、少しの間を置いて、ひとつの拍手が鳴った。
店長だ。続いてバンドメンバーが。音楽好きが。そして、酒飲み達が。
会場全体が一つになった瞬間、ルージュの頬を汗とも涙ともつかない雫が伝い、そのまま彼女は深々と客席に頭を下げて呟いた。
「……嘘つき」
〜To be continued〜