「お話(仮)」
「守れ……なかった。姫様の……命を……」
繋がり合った記憶の欠片。しかし、辿りついた真実は、マリア――否、ローレライにとってあまりにも残酷なものだった。
「……クリス」
長い沈黙の末、クリスに背を向けたままローレライが呟く。
「頼みが、あります。少しの間だけ、私を……一人にしてくれませんか?」
その言葉に黙って頷き、クリスはゆっくりステンドグラスの下まで歩み寄ると、去り際に絨毯の上からブローチを拾い上げて言った。
「きっと、これがアナタを救ったのね」
『GREENEST』。それを彼女の手に固く握らせ、聖堂を後にするクリス。
そんな彼の足音が扉の向こうへ消えた後、ローレライは視線を自身の手の中へ落とした。
「……姫様」
玉座の間に戻ったクリスの目に飛び込む夕方の日差し。
「あの子との約束、まだ間に合いそうね」
眩しさに目を細めながら、彼はルージュの待つ酒場へ向かうべく来た道を引き返し始めた。
「それにしても、グレーシャちゃんったらどこ行っちゃったのかしら? 怖がってたみたいだし、先に外に出てるのかもしれな……」
と、クリスの視界の端に何かが映った。
「グレーシャ、ちゃん?」
気付いて顔を向けると、そこには玉座の影にうずくまっているグレーシャの姿があった。
「どうしたの? そんな所で」
「……ヤバイよ……クリス」
一言そう呟くと、彼女は震える手で広間の入口付近を指差した。そして――。
「……あいつが来る」
直後、絨毯に長い影が伸び、その先に現れた一人の人物。
赤い帽子の下からのぞく絹糸のような銀髪。途端にクリスの顔色が変わった。
「シ、シヴァちゃん?」
逆光で表情までは分からなかったが、その背格好や輪郭は紛れもなく……シヴァだった。
「いや、違うよクリス!」
決死の形相でグレーシャが叫ぶ。
「あいつは……“今のあいつ”は、シヴァじゃない。紅い獣の王“ノア”だ。何が起きてるのかよく分からない。けど、分かるんだ! 反応するんだ!」
そう言って、彼女は右手を握りしめた。
「へぇ、君がそう思ってるなんて、ちょっとホッとしたな」
二人との距離を詰めながら、“ノア”は無邪気に笑って言った。その声や口調はいくらか和やかではあったが、逆光の中から浮かび出た顔は、やはりシヴァそのものだった。
「……」
クリスは食い入るように“ノア”の横顔を見詰めていた。すると、気付いた相手が振り返る。
「何?」
「アナタ……は、シヴァちゃんなの?」
「え? やっぱり気になる? でもね、君の知ってる“シヴァ”は、もういないんだよ」
ノアは服のポケットからナイフを一本取り出し、クリスの方へ投げてよこした。
それは、以前彼女が使っていた物だった。
「……違うわ」
足元に刺さったナイフを拾い上げ、俯き加減にクリスが呟く。
続けて彼はゆっくりと顔を上げた。
「アナタはシヴァちゃんじゃない。だって……」
刃の表面にノアの顔が映る。クリスは大きく息を吸った。そして――。
「だって。アナタ男でしょ」
目の前の相手を真っ直ぐ指差し、彼はそう言い放った。
「オト、コ? え……ええぇ!?」
「ふ」
目を丸くするグレーシャの傍にいたノアの口から短い声が漏れた。
「あはははは!!」
次の瞬間、広間全体にノアの笑い声が響き渡った。
「あはは……何を言うのかと思ったら、ハハッ……君、面白いねホントに」
腹を抱えたままノアは続ける。
「そ。当たり! 僕は男だよ。でも、よく分かったね。ここまでハッキリ言われたのは初めてかも」
「あら、甘く見ないで頂戴」
クリスは軽く髪を払いながら笑顔で答えた。
「アタシ、そこらへんに関してはプロなの」
「よっ! クリス最高!」
「……へぇ」
ふいに、ノアの視線がグレーシャに移る。
「楽しそうだね」
その声に振り返った途端、彼女の背筋に寒気が走った。ノアの顔から笑みが消えていたのだ。
「クリス、だっけ? そいつといると、そんなに楽しい?」