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「お話(仮)」

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「どうしたの? オバケでもいたかしら?」
「さっきのアイツかな? 今、窓の外に赤い帽子をかぶったヤツが……」
「窓の外に? そんなはずないわ。だってここ、最上階よ」
 明るく受け流した後、クリスは身を翻し、マリアと共に奥の部屋へ向かった。
「おっかしいな〜」
 府に落ちないグレーシャはひとり窓辺へ走り寄る。
 しかし、窓は内側からしっかりと施錠され、更に真下は堀になっているため、ここから人が出入りするとは考えにくい。
「気のせいかな?」
 首を傾げながらも、彼女がその場を離れようと窓に背を向けた――その時。
「!?」
 突如吹き込んだ生温かい風に、勢いよく彼女の髪が躍った。



 重い扉を開けると、そこは礼拝堂のような場所になっていた。
 おそらくは、既に幻影の中にいるのだろう。色とりどりのステンドグラスの下、大勢の人々が奥の主祭壇に向かって跪き、部屋全体が何とも言えない厳かな空気に包まれていた。
(本日、その身を聖母に捧げる者がいる)
 祭服姿の老人が両手で天を仰いだ。すると、群衆の中から一人の少女が前へ進み出る。
(汝、名は何と申すか?)
(ローレライ・ベルナールです)
 よく通る声で、少女は自身の名を述べた。
 こちらから顔は見えない。しかし、その服装は、先程見た少女が着ていたものとよく似ていた。
(ローレライよ。汝はその身、その命を以て、祖国エンデュミオンの為に戦うことを誓うか?)
 司祭の問いに、跪いたまま彼女は深々と頷いた。
 瞬間、まるで映写機のフィルムが切り替わるように、がらりと周囲の様子が変わった。
 同じ礼拝堂で、今度は頭からヴェールをかぶり、ステンドグラスの聖母に祈る別の少女が映る。
 そんな中、微かな足音が聖堂内に反響し、現れた鎧姿の女兵士が言った。
(そこにいらしたのですか、姫様。もうこの城は危険です。地下の水路に船を用意してありますので、一刻も早くお逃げ下さい)
(ローレライ……教えて。この国は、エンデュミオンはどうなってしまうの?)
 王家の装束を纏ったヴェールの少女――姫の胸元で何かが光った。
 宝石の埋め込まれたブローチ。他でもない『GREENEST』だ。
(恐れながら姫様、それは私の知り得る所ではございません。ですが、我々が希望を捨てない限り、必ずや道は拓けることでしょう)
 甲冑をかぶったまま、ローレライは絨毯の上に片膝をついた。
 そして、鎧の中から何かを取り出すと、静かにそれを姫の御前に差し出した。
(きれいなお花……)
 小さな白いスズランのつぼみ。
(丘で摘んで参りました。冬の時期を土の下で耐え忍び、春の訪れと共に花を咲かせる植物です)
 ステンドグラスの下、向かい合わせに立つ“姫”と“兵士”。
 二人の少女の影が、つぼみの上で交差する。
(『君影草』とも呼ばれる、スズランの花言葉をご存じでしょうか?)
 ローレライはそのまま手を伸ばすと、そっと指先で姫の頬の涙を拭った。
 同時にヴェールが絨毯に落ち、王女の目を真っ直ぐに見詰めてローレライは言った。
(『幸せの訪れ』です)

「え? 今のお姫様の顔って」
 映像の最後に、クリスは王女の素顔をはっきりと見た。
 ゆっくりと、その視線を隣に立つマリアに向ける。
 ――違う。マリアではない。
「そうよ。あの子だわ」
 王女は、島に来てから幾度も出会った、あの亜麻色の髪の少女と同じ顔をしていた。
「でも、マリアの服は王家の装束。『GREENEST』も……。どういう事なの?」
「……」
 記憶が混乱しているのか、マリアは困惑した様子でその場に立ちすくんでいた。
 唇は青ざめ、小刻みに震えている。
「無理は良くないわ。日も暮れてきたことだし、続きは明日にしましょうか」
 しかし、そんな気遣いを余所にマリアは歩き出し、ひび割れたステンドグラスの下に立った。
「……」
 夕日色に染まりゆくマリアのヴェール。
 そんな彼女の手の中で、再び『GREENEST』が輝いた。



 乾いた叫び声と共に、飛び散った鮮血が船板を朱に染める。
(許せ!)
作品名:「お話(仮)」 作家名:樹樹