「お話(仮)」
第6話 『鎮魂歌(レクイエム)』
「!」
朽ちかけた桟橋の途中で、ふいにグレーシャの歩みが止まる。
「どうしたの?」
「いや、何だか一瞬ゾクッときたんだ。やっぱり北国は風が違うみたいだよ」
「……そうね」
明るく振る舞うグレーシャに頷き返し、クリスは海岸線の彼方にそびえる雪山を振り返った。
今朝方オリバーとコウミには、雪山を下りた所にヘリコプターの迎えが来ていた。
「いやだよ! ぼくは帰らないよ!」
「で、でもぉ……おじい様のご法事なんですよ。坊ちゃんが欠席する訳には……」
コウミの表情も名残惜しそうだった。
だが、やはりそこは家庭教師である。嫌がるオリバーを上手くなだめ、何とかヘリに座らせた。
「お世話になりましたぁ。あ、あのぉ……クリスさん」
「アタシも、二人がいて心強かったわ」
クリスは笑って言った。しかし、その表情は空虚で、意識すら遠くにあるように思えてならない。
「また来るから! 約束だよ!」
プロペラが速度を上げて回り出す中、オリバーの声が響く。クリスは大きく頷いた。
「あの」
浮上しかけた機内でコウミが呟く。
「力になれなくて、ごめ……」
「?」
プロペラの回転音が言葉をかき消し、機体はそのまま雪を巻き上げて東の空へ消えていった。
クリス達は、まだ霜の残る大地に足を踏み出した。
「ここがマリアの故郷なのね」
コウミ達と別れた後、三人は小舟で海を渡り、つい今しがた、エンデュミオン島の南端部に位置する寂れた桟橋に降り立った。
「やっと着いたのは結構だけどさ、この先あたいらどっちに行ったらいいんだい?」
マリアを横目に肩をすくめ、困り顔で辺りを見回すグレーシャ。
周囲には鬱蒼とした霧が立ち込めており、島の全貌はおろか、目の前の地理すら定かではない。
「どうにも薄気味悪い所だね。ユーレイでも出てきそうだよ」
「あら、グレーシャちゃんオバケは苦手? そういえば、確かシヴァちゃんも……」
「ク、クリス!」
突如グレーシャが声を上げ、霧の向こうを指差しながら彼女は低い声で言った。
「あそこ、何か……いる!」
瞬間、首筋から全身に寒気が走った。
遠くに佇む白い影。人間……ではないと、クリス達は直感した。
「幽霊??」
そうしている間にも相手はこちらに接近し、次第にその輪郭が浮かび上がる。
――透き通った女の亡霊。
頭からかぶったヴェールが揺れる度、腰丈ほどある亜麻色の髪が垣間見えた。
亡霊はクリス達二人の間をすり抜け、音もなくマリアに近付いた。そして、おもむろにヴェールを外すと、そっとそれをマリアの頭にかぶせた。
「?」
一瞬だったが、その時、クリスは女の顔を見た。
背格好は丁度マリアと同じ位だろうか。どこか憂いを帯びた、目鼻立ちの整った少女だった。
その後、少女は空中を彷徨いながら、再び霧の中へ姿を消した。
「何だったんだい? 今の……」
女の消えた先をよく見ると、微かに舗装された道がある。
「誰だか知らないけれど、せっかく教えてくれたんだもの。行くっきゃないわ」
立ち止まっていても始まらない。頷き合い、クリス達は先の見えない一本道を歩き出した。
○
船着き場から、道なりに丘陵地を進むこと十数分。
時折背後から吹き上げる海風のせいだろうか。植物はほとんど見当たらず、むき出しの岩肌が風を受けて不気味な音を響かせる。
「だんだん霧が晴れてきたわね」
それから程なくして、三人は町の目抜き通りらしき場所に行きついた。
道の両側に建ち並ぶ、食べ物や日用品の商店。しかし、その光景には違和感があった。
「……まるで、ゴーストタウンだね」
グレーシャの言う通り、辺りには人影もなく、異様なまでに生活の気配が感じられない。
「誰もいないのかしら?」
小物屋のショーウィンドウを低い姿勢で覗き込み、不思議そうにクリスは首を傾げた。
――と。
「!?」