「お話(仮)」
第6話
昔、ママが言ってたの。
人はみんな、いつかお星様になるんだって。
だからね、私、今夜は少しだけ背伸びして、
星空の下、みんなのレクイエムを歌うよ。
長い廊下の突き当たり、頑丈な造りの扉を前に、クロウはひとつ息を吐いた。
「入りますよ」
返事はない。そこで彼は懐から重々しい鍵を出すと、それを差し込んで扉を奥へ押し開けた。
麝香の立ちこめた薄暗い室内。散らかった玩具の数々。更に、壁際にはビロードの天蓋がベッドを囲むように下ろされている。
「何をなさっているのですか? ノア様」
「着替え」
天蓋の向こうで細いシルエットが揺れる。
「外出ならば、私がお供致しましょう」
「いいよ。ひとりで行くから。心配しなくても、ちゃんと“狩り”が終わったら帰ってくるってば」
「グレーシャ、ですか。裏切り者の口封じなど、ノア様の出る幕ではありませんよ」
「違うって」
まるで幼い子供のような笑いが、煙幕にうつろい反響した。
「口封じ? 何ソレ? そんなのどうだっていいよ」
「ならば、何故……」
すると、ノアの影はベッドに腰を落とした体勢で、手にした水晶玉を目の高さに掲げて呟く。
「あいつ、何で笑ってるのかな? 分からないけど、楽しそうだから一緒に遊ぼうと思って」
黙ったまま、クロウはベッド脇に置かれた空のワイングラスに目を遣った。
カーテンの隙間からのぞく手元。僅かだが、グラスを通して水晶に映ったクリスの姿が見える。
「何を仰いますか。それでは、わざわざここへ連れ戻した意味が無い」
「それはこっちの台詞だよ、クロウ」
刹那、見えない波動が部屋中に広がった。
「……」
クロウの髪が靡くのと同時に、背後の剥製が連なって倒れる。
「何て言うか、クロウみたいに中途半端なのって好きじゃないんだよね」
静まり返った空気の中、遅れて絨毯に舞い落ちる漆黒の羽。
「もう会えないって事、ちゃんと教えてあげなきゃダメだよ。さーてと……」
カーテンが勢いよく開いた。
「行こ」