「お話(仮)」
それは、自宅の書斎でこちらに背を向けて立っている父の姿だった。
しかし直後、父の体が突然傾き、まるで糸の切れた人形の如く床に崩れ落ちる。
「父さん! しっかりして!!」
床にめり込んだ銃弾。瀕死の父を抱えてクリスが叫ぶ。と、そんな彼の腕の中で父の唇が動く。
(……・アカイ……ケモ……ノ)
一言そう呟き、父は血まみれの手で窓の方向を指差した。
「!」
すぐ近くに雷が落ち、その時、顔を上げたクリスは見た。
稲妻に照らされた窓辺に佇む人影を――。
「あれは……アタシ?」
細い月の下、夜風に揺れるキャメル色の髪。それは、他ならぬクリス自身であった。
すると、返り血を浴びたその口元に笑みが覗き、己の幻影が父の亡骸を指差して囁く。
(敵討ちなんて、ただの建前。ホントは嬉しかったんでしょ? この男が死んでくれて……)
そんな中、再び景色が変化し、今度は何かの壊れる音が鋭く辺りに響き渡る。
(やめて、お父様!)
幼い少女が声を上げ、荒れ狂う男の足元にしがみ付く。
ひっくり返ったテーブル、割れた花瓶、周囲に飛び散ったガラスの破片。
(うるさいぞ! 黙れ、パトリシア! どいつもこいつも忌々しい!!)
少女を睨みつけた後、男は振り返り、部屋の隅で震えている末息子を見下ろして吐き捨てた。
(だが……一番忌々しいのは……そう、お前だよ、クリストファー!!)
それは忘れもしない、かつての父の言葉だった。
呆然と立ち尽くすクリス。そんな彼の内で、不気味な低い声がこだまする。
――汝は、何故に力を欲するのか
己の為、復讐の為、それとも過去の清算の為か――
○
冷たい雫を顔に受け、グレーシャは目を開けた。
甘い香りが充満した洞窟らしき場所で、松明の灯が燃えている。
「Good morning」
「……マリア?」
まだ虚ろなグレーシャの瞳にマリアの姿が映る。
その直後、のびたマリアの平手が激しくグレーシャの頬を打った。
「もうvisionは終・わ・り」
揺れる金の縦巻きロールに、フリルのついたゴシックドレス。途端にグレーシャの表情が変わる。
「あんた……キャシー? 何で、あんたがここに……?」
その後、一呼吸置いてグレーシャは低く呟く。
「あたいを消しにきたんだね?」
「あらあら、おバカなyouにも分かるのね。But、その前に秘密のお話があるの」
キャシーの顔が松明の炎を受けて揺らめく。
「今なら許してアゲル。世界が変わる記念日の前に、おうちに帰っていらっしゃい」
「記念日?」
「Oh、sorry。まだ知らなかったのね? とにかく、これがlast chance。答えは簡単でしょ?」
二人の間を不穏な静寂が支配する。
そして、長い沈黙の後、グレーシャは言った。
「あんた達が何を企んでるのか知らないけど、組織に戻る気はサラサラ無いよ」
「そう」
顔色を変えずに、ひとつ溜息をつくキャシー。
「残念だわ。それじゃあ……good bye」
次の瞬間、辺りに激しい砂塵が舞った。
紙一重でそれを避けたグレーシャだったが、振り返ると、衝撃で岩肌が見事にえぐられている。
「相変わらず、あんたの拳は強烈だねぇ。一体どっからそんな馬鹿力出してるんだい?」
「おしゃべりなgirlね。でも、それもおしまい」
キャシーの右手で蝶の印が光る。
直後、無数の蝶の羽ばたきと共に細かい鱗粉が舞い上がり、辺りが金色に染まった。
――と。
「グレーシャ姉ちゃん、伏せて!」
突如背後から声が響き、彼女は言われるがままに地に伏せた。
刹那、その頭上を“何か”がかすめた。
「!?」
謎の爆発音に続いてキャシーの甲高い悲鳴がこだまし、グレーシャが顔を上げた時、洞窟は激しい火炎に包まれていた。
「一体、何が……?」
呆然とするグレーシャの足元に散らばった金属片。
「グレーシャ姉ちゃん、早く! 逃げるよっ!」
そこにオリバーが現れ、グレーシャの手を掴むや否や、素早く出口へ向かって走った。
火の回りは早く、二人の背後で、洞窟は真っ赤に燃え上がっていた。