「お話(仮)」
手招きをするも、コウミはその場を離れようとしない。すると、オリバーが横から口を挟む。
「コウミ姉ちゃんは火が怖いんだって。だから、料理とかも全然ダメなんだよ」
「坊ちゃんっ!」
恥ずかしそうに、またもや顔を赤らめるコウミ。
「火が苦手だなんて、小さい頃に何か怖い思いでもしたの?」
「それが、そのぉ……」
口ごもりながら、一呼吸置いてコウミは続ける。
「わたし、よく覚えていないんです。大旦那様に引き取っていただく前のことは、何も」
そこで彼女は言葉を止め、続けて辺りに沈黙が走る。
「すみません。何だか暗くしてしまって。あっ、そういえば、クリスさんに伝言を預かっていました」
咄嗟に話題を変えるべく、大げさな身振りでコウミが切り出す。
「酒場のルビアさんという方から。クリスさん達が追っている方についてだそうです」
「あら、何かしら?」
「どうやらその方は流浪の民の末裔で、同じ部族の人はほとんど、浅黒い肌に白っぽい髪の毛という見た目なんだとか。それから、えーと……」
人差し指を立てたまま、コウミは窓ガラスに円と曲線でひとつの図形を描いた。
「彼らが“聖なる形”と崇めている記号があるそうで。確か、こんな形でした」
クリス達の瞳に映る、円の上にU字曲線が乗った図柄。
「なんだか、角の生えた動物みたいだけど……、あれっ?」
そこまで言うと、おもむろにオリバーは考え込んだ様子で首を傾げる。
「どうなさったんですかぁ? 坊ちゃん?」
「なんだかあの形、昔どこかで見たことがある気がするんだ」
そのままオリバーは黙り込み、三人は揃って窓の図形に視線を向けた。
――すると。
「それはもしや、この記号のことか?」
隣の部屋で話を聞いていたシヴァが姿を見せ、手元の巻物を仲間達に見せた。
確かに、その表面には同じ図柄が描かれている。
「何ですかぁ? それは」
「蒼炎の書よ」
クリスが代わりに答え、続けて彼はコウミ達に一連の事情を説明する。
「噂の彼が書き残した、“紅い獣”と戦うヒントが詰まった巻物よ。グレーシャちゃんのおかげで手に入れたまでは良かったんだけれど」
シヴァの投げた巻物を空中で受け止め、それをオリバーに見せながらクリスは苦笑する。
「ん? 何だこれ? ひもが邪魔で開かないよ?」
「そうなのよ。きっと何か特殊な細工がされてるんでしょうね。紐を切ったり燃やそうとしたり、色々試したけれど全然ダメ。辛うじて読めるのはここだけなの」
そう言って、『蒼炎の書』をオリバーの目元に近付けるクリス。よく見ると、巻物を縛る革紐の表面には細かい文字のようなものが並んでいる。
まだ幼いオリバーには読めない単語も混ざっており、代わってコウミがその内容を読み上げる。
――冒険者よ 眠れる神殿へ来たれ
万年雪の山に棲む 双角の鬼が心を試す――
「それで雪山に目星をつけて、ここまで来たってわけ。さっき村でグレーシャちゃんが聞いた“彷徨う氷の宮殿”の噂が関係ありそうなんだけれど、それ以上の手掛かりがないのよねぇ」
そのままクリスは黙り込み、辺りを沈黙が支配する。
「そうだ!」
そんな中、ふいにオリバーが声を上げる。
「思い出した! この形……あれも、お母様のお話のマークだ!」
巻物と窓ガラスの記号を交互に指差しながら、少年はそう言った。
「お話?」
「うん。ぼくが小さい頃、いつも寝る前に読んでもらってたお話があって、その表紙に同じマークが書いてあったんだ。毎晩みてたから、まちがいないよ!」
窓辺に近寄り、薄れかけた図形を指でなぞりながら、おもむろにクリスが口を開く。
「ねぇオリバー。聞かせてくれない? それって、どんなお話なの?」
「青い鳥の話だよ」
記憶の糸を手繰り寄せるように、暖炉を囲む仲間達の輪の中心で語り出すオリバー。
「むかしむかし、森のおしろに、わがままなお姫さまがいたんだ……」
そんな少年の脳裏で、在りし日の母の声色が蘇る。
――昔むかし、森のお城に、わがままなお姫様がいました。
ある日のこと。そんなお城に、ひとりの旅芸人が、めずらしい小鳥を持ってやってきました。
かごの中で、それはそれは美しい声で歌う青い鳥。お姫様はその鳥がほしくて仕方ありません。
そこで、お姫様は旅芸人を脅して、無理やり小鳥を自分の物にしたのです。
身ぐるみをはがされてお城を追われてしまった、かわいそうな旅芸人。
彼は、最後にお姫様にこう言いました。
「どうか、これだけは約束して下さい。何があっても、絶対に鳥をかごから出してはいけませんよ」
それからというもの、お姫様は毎日毎日、朝から晩までかごの中の鳥を眺めていました。
ところが、そのうちお姫様は、青い鳥をもっと近くで見たくなって。
ある時、約束をやぶって、ほんの少しだけ鳥かごの扉を開けてしまいます。