「お話(仮)」
額に巻いたバンダナと、短く切り揃えられた栗毛。以前とはだいぶ印象が変わっていたが、その顔は紛れもない、町で出会った少年オリバーだった。
「今日から春休みになったんだ! だから、クリスお兄ちゃんに会いたくて、追いかけてきちゃった」
そう言って、オリバーは屈託のない笑顔をクリスに向けた。
「こーらーーっ! 坊ちゃぁあーーーん!」
そこへ遅れてコウミが到着し、着地の衝撃で舞い上がった雪の中をオリバーに詰め寄る。
「パラシュートを途中で切っちゃダメですよぉ! 坊ちゃんにもしもの事があったら、わたし……」
「久しぶりね、コウミちゃん」
「あ、あぁっ! クリスさんじゃないですかぁっ!」
クリスに馬乗りになった体勢のまま、コウミは頬を赤らめる。
「コウミ姉ちゃんったら、パイロットを急かして、いつもの三倍も飛ばしてきたんだよ」
オリバーの告げ口に、コウミは更に赤くなった。
「Target、見ぃ〜つけた」
そんなクリス達の様子を、少し離れた岩影から見詰める金髪の女。
艶やかなツインテールが北風に揺れる。
「貴女ともあろう方が、こんな所まで出向くとは珍しい。これは私の仕事ですよ」
「だぁ〜って、二人の方がbetterでしょ?」
まとわりつく甘い香りを片手で払い、標的を眺めながらクロウが呟く。
「確かに。貴女の力を借りれば事は遥かに上手く運ぶでしょうね。しかし……」
静かに女の方を振り返り、彼はその耳元で短く一言囁いた。
「彼女は私の獲物です」
その目は、獣のそれに他ならなかった。
「全く、あんなgirlの何が、そこまでyouを駆り立てるのかしら?」
肩をすくめた後、女はクロウの答えを待たず、フリルで飾られた服の中から何かを取り出した。
「香炉。お手並み拝見させて頂きましょうか、キャサリン」
「Youにはキャシーって呼んで欲しいわ」
縦巻きロールを指に絡ませ、その女、キャシーは視線をクリス達の方へと戻す。
「Umm……、まずは……」
その瞳にマリアの姿が映る。
「急に風向きが変わったな」
フードに積もった雪を払いながら、薄暗い空を見上げてシヴァが言った。
そろそろ山の中腹に差し掛かった頃だろうか。激しさを増す吹雪が彼らの行く手を阻む。
「坊ちゃーん、大丈夫ですかぁ?」
「平気だよ、このくらい。今までの修行に比べたらね!」
先頭を行くオリバーの足取りは軽い。
「修行?」
「そうだよ。引っ越しの荷物を別荘まで運んだり、廊下だってピカピカになるまで磨いたんだ!」
そう言って、オリバーは得意げに笑うのだった。
「ふにゃぁ……。もう、あたい、ねむーい……」
そんな中、最初に力尽きたグレーシャが雪の上に倒れ込む。
「あまりの寒さに体温が限界を越したか。どうする、クリス?」
「困ったわねぇ……」
グレーシャを抱え上げて辺りを見回すクリス。ふと、そんな彼の視線がある一点で止まる。
目を凝らすと、吹雪の先に小さな山小屋のような建物があった。
「丁度良かったわ。あそこで休ませてもらいましょう」
クリスの声を合図に、オリバーとコウミが先陣をきって山小屋を目指す。
「マリア? ついてきてる?」
思い出したようにクリスが背後を振り返り、最後尾のマリアの様子を窺う。すると、マリアは雪の中で小さく頷き、口元に微かな笑みをたたえながら彼の横に並んで歩き出す。
「?」
珍しく表情をあらわにしたマリアを横目に、首を傾げるシヴァ。
「彼女も、ようやく受け入れ始めてくれてるのよ」
クリスがそれに気付いて言った。
○
「となりの部屋、火おこし完了だよ!」
暖炉に潜った格好で作業をしているクリスの所へオリバーがやってきて言った。
「あら、ずいぶん早いじゃないの」
「クリスお兄ちゃんこそ、そんな棒で何してるの?」
不思議そうに尋ねるオリバー。見ると、少年の手にはマッチと着火剤らしき物が握られていた。
「あ、これ? お母様がくれた“冒険セット”だよ。他にも、図鑑に寝袋、虫よけスプレーも!」
「……そういうモノがあるなら、先に教えて頂戴」
溜息交じりに笑い、クリスは小屋の入口付近に立つコウミの方を振り返って言った。
「他のみんなは隣の部屋かしら? ホラ、暖まってきたわよ。コウミちゃんもこっちへいらっしゃいな」
「いえ。わ、わたしはここで平気ですので」