「お話(仮)」
「行きましょう。アナタの大事な物を取り返しに」
クリスがそんな彼女の手を取り、そのまま二人は並んで螺旋階段を上り始めた。
「!」
と、突然背後で何者かの足音が響き、クリスが振り返るのと同時に、近くで鈍い雷鳴が唸った。
塔の頂上で両手を広げ、スキュラは厚雲に覆われた夜空を仰ぎ見た。
次第に接近する雷の轟きに混じり、周囲に低い笑い声が木霊する。
右手に『GREENEST』、そして左手には『SILVER・EYE』。二つの石から発せられる輝きは何とも心地よく、解放感に満ち溢れた表情でスキュラは言った。
「我は……不滅なり!!」
――その時。
「それは違う」
階段を駆けのぼる足音に続いて、颯爽とその場に躍り出る三つの人影。
クリス、マリア、そして――。
「スキュラ、お前はひとつ大事なことを忘れている」
二人の間から進み出たシヴァがそう言った。
一歩ずつスキュラとの距離を縮めながら、オルゴールを片手に彼女は淡々と語り出す。
それは、先刻クロウから聞いた話。
極北の地で語り継がれる、哀しき軍師の物語。
今から二十年前。
王を唆し隣国に戦争を仕掛けたカリブディスの軍師は、『GREENEST』を手に入れて間もなく、秘宝を持って行方をくらました。
飼い猫に手を噛まれた王は怒り狂い、すぐさま兵力をかき集めて軍師討伐を命じた。
戦いの玄人である軍師は、様々な術で追手を欺き逃亡を続けたが、やはり数には敵わなかった。
そして数日後。ついに、その時は訪れた。
「追い詰められた軍師は、岸壁から海に身を投じ…………自ら命を絶った」
レクイエムの旋律の中で、シヴァは言った。
「馬鹿な! 我は生きている! 体内に漲る、この不滅の力が何よりの証であろう!?」
「『SILVER・EYE』には、不老の他にもう一つの力があるという」
シヴァの瞳に映ったスキュラの顔から、みるみる血の気が引いてゆく。
「それは“具現”の力。志半ばにして命を失った者に対し、仮初めの肉体を与えるというものだ」
「まさか! そんな筈は……っ、有り得ぬ!」
「そして……」
黒い雲の間を、一筋の稲妻が駆け抜けた。光に照らされたスキュラの顔は真っ青になっていた。
「志を果たした時、その効力は尽きる」
刹那、一直線に落ちた閃光がスキュラの体を呑み込み、数秒後、光は跡形もなく消え去った。
焼け焦げた衣服と、二つの秘宝だけをその場に残して――。
突如、激しい地響きが館全体を揺さぶった。
「崩れるわ!」
直感的にクリスはそう悟った。
そのまま彼は二つの石をマリアに持たせると、仲間を先導して螺旋階段を下り始めた。
しかし、半分ほど駆け下りた所でふいにその足が止まる。
目の前に現れた左右二本の分かれ道。来た時には無かったことから考えて、これも“塔”のカードの効果なのだろうか。
「間違った方の道へ行ったとしても、引き返す時間はなさそうだな」
「チャンスは一度っきり、ってワケね」
クリスとシヴァは、互いに顔を見合わせた。
――と。
「出口はこっちだよ」
右の道の向こうから声が響き、クリス達の視界に姿を現す無防備な気配。
グレーシャだった。
「下で変な音を聞いて、気になって来てみたのさ。急いで外へ出ないとヤバイよ」
「そうだったのね? 助かったわ。行きましょう」
「待て、クリス」
グレーシャを追って右の道へ入ろうとしたクリスの腕を掴み、シヴァがその耳元で囁く。
「奴の言葉を鵜呑みにするな。罠かもしれない」
「そんなはずないわよ。もし罠だったら、グレーシャちゃんだって死んじゃうのよ」
「たとえ刺し違えてでも獲物を仕留める。それがケモノのやり方だ」
振り返ったグレーシャと目が合った。険しい眼差しを向けたまま、シヴァは一言付け加えた。
「お前がクロウの持ち駒ならば、尚更だ」
瞬間、轟音と共に周囲が大きく傾き、崩れた天井の破片が一行の足元に落ちる。
「別に、信じてくれなんて言わないよ。あんた達の好きなようにしたらイイさ」
それだけ言い残すと、グレーシャは振り向くことなく右の階段を下っていった。
「時間がないわね。アタシとしては、グレーシャちゃんが嘘をついてるようには見えなかったけれど、紅い獣の考え方は正直まだ分からない」