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「お話(仮)」

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 炎を破って現れたクリスが魔術師の間合いに潜り込む。不思議なことに、火傷ひとつしていない。
 不意をついて彼は武器を薙ぐが、魔術師は攻撃を受けても尚、平然と新たな呪文を唱え出す。
「見つけた」
 この瞬間をクリスは見逃さなかった。
 ただ一点、相手の胸元を見詰めながら、勢いをつけて武器を持っていない方の手を伸ばすクリス。彼の予想通り、腕はまるで水に触れたかの如く相手の体を貫き、魔術師は元の煙と化した。
「全ては幻、でしょ?」
「何故、それを知った」
「“魔法”を使うと、一瞬だけコレが光る仕掛けみたいね」
 ゆっくりとクリスが左手を開く。そこには、しわだらけの“魔術師”のカードが握られていた。
「面白い……。ならば不死は一旦後の仕事とし、このスキュラ自らお主の相手をするとしよう」
 障壁のない室内で対峙するクリスとスキュラ。夜風が小窓を通り、両者の間を吹き抜けた。
「!!」
 直後、二つの影が同時に動き、部屋の中央で交差する。
「……意外ね」
 『ローズ・マリー』を振り下ろした体勢で囁くクリス。
 静けさの中、半分に割れた仮面が音を立てて床の上に落ちる。
「それが、アナタの素顔だなんて」
 雲間から差した月光が、小窓の前にたたずむスキュラの姿を照らし出す。
 高く結った長い巻き毛と、紫の瞳。そこには、想像よりも遥かに若い小柄の女が立っていた。
「我が肉体は時の支配を受けぬ。これぞ、不老の何よりの証であろう」
 変声機を用いないその声は凛として美しく、聞き入るうちにクリスは眩暈を感じた。
「催眠……っ?」
「左様。よく分かったな」
 スキュラは妖しい笑みをたたえてクリスを睨む。その目線を避けるようにクリスは飛び上がると、空中からスキュラめがけて斬りかかった。
「ほう……さすが、そう容易くはかからぬか……」
 攻撃をよけ、部屋の中央に舞い戻るスキュラ。その動きは先程よりも格段に速くなっている。
「不老不死だなんて、どうしてアナタは時の流れから逃れたいの?」
「愚問だな。生とは即ち、滅亡へと続く道。それが宿命だとすれば、何とも無益な事よ……」
 スキュラは『SILVER・EYE』を取り出すと、円卓上に横たわるマリアを見詰めて言った。
「我は不滅なり」
 クリスが止めるよりも早く、伸びた手がマリアの胸元で輝く『GREENEST』を掴んだ。
 瞬間、二つの石が共鳴し合い、眩い光がスキュラの全身を包み込む。
「素晴らしい……力が漲ってゆくぞ……!」
 光の中でスキュラはそう呟くと、クリスの動きを阻止すべく一枚のカードを宙に投げた。
 ――天高くそびえる“塔”の図柄。
 刹那、館全体に振動が走り、小窓の先に上へ向かう螺旋階段が出現した。
「このエネルギーを完全に吸収した時、我が願いは成就する。止めたくば追って来るが良い」
 階段の登り口で一旦足を止め、スキュラは最後にこう付け加えた。
「我が人形を壊す事が出来れば、だが」
 次の瞬間、追いかけるクリスの目の前で、静かにマリアが起き上がった。

「催眠術の解き方、ヨウに聞いておけば良かったわ」
 蝋人形のようなマリアの瞳の中で、困ったようにクリスは小さく肩をすくめた。
 その後、彼は武器の刃をしまうと、残った柄の部分をついたて代わりにマリアの動きを封じた。
「アナタに戦場は似合わない……でしょ?」
 そっと微笑み、その場を売りにするクリス。しかし、それとほぼ同時に背後から伸びたマリアの腕が『ローズ・マリー』を掴み、意外なほどの握力で行く手を阻んだ。
 途端にクリスの顔から余裕の色が消える。
 かなり力を入れているにも関わらず、鎌の柄はびくとも動かない。そんな硬直状態がしばらく続いた後、不意を突いて彼は相手の後方に回り込むと、素早く彼女の両腕を背中に固定して言う。
「許して頂戴ね。お姫様」
 尚も手足を動かして抵抗を続けるマリア。
 と、その弾みで彼女の懐から何かが飛び出し、ゆっくりと音を立てて床の上に転がり落ちる。
 それは、港で買ったあのオルゴールだった。
 衝撃で開いた蓋の隙間から、微かに漏れる短調の旋律。思わず意識を傾けたクリス達に語りかけるように、オルゴールは次第にはっきりと物悲しいメロディーを奏で始めた。

 ……聴こえる。
 遠くで、誰かが自分を呼んでいる。
 白い花が咲き誇る丘。ここは、どこ?
 そして、その向こうには……誰? ヴェールをかぶった誰かがいる。

「…………聴こえる」
 マリアが言った。
「……これは、私の祖国の鎮魂歌……、帰らぬ者達へ捧ぐ歌……」
 こぼれ落ちた大粒の涙が頬を伝う。もはやその目に攻撃色はない。
作品名:「お話(仮)」 作家名:樹樹