「お話(仮)」
「では契約通り、その娘を渡してもらおうか」
「え?」
瞬間、スキュラのもとへ歩みかけたグレーシャの足取りが止まった。
「どうした? 初めにここへ来た男に言ったはずだぞ。巻物と引換えに『GREENEST』を頂くと」
「ちょっ、ちょっと待って……ちょっとだけ!」
『蒼炎の書』と『GREENEST』。その双方を消すことが自分に与えられた仕事のはずだった。
咄嗟に壁際に身を寄せ、小窓から頭を出して夜空を見上げ――そして、グレーシャは悟った。
「……あぁ。コイツもあんたの捨て札、ってかい?」
月も星もない、暗く曇った空だった。
「何をしておる? 協力する気がないのであれば、力ずくで頂くぞ」
痺れを切らしたスキュラがグレーシャに詰め寄る。グレーシャは急いで首を戻し、スキュラの顔を覗き込むようにして言った。
「なぁ……あんた、占い得意なんだろ? コイツを渡す前に、あたいのこと占ってくれないかい?」
「何を言い出すかと思えば、おかしな小娘だ……。して、何が知りたい?」
スキュラと向かい合ったまま、目線だけ遠くを見詰めてグレーシャは続ける。
「照れ臭い話だけどさ、あたい、ずっと前から好きな男がいてね。でも、なんか最近、そいつの考え方が分かんないっていうか、このままでイイのかな……って」
「恋の悩みか。お主の年頃には有りがちだな」
「あたいを愛してくれないのは分かってる。多分、利用されてるだけだってのも……。けど、あたいが今こうして生きてるのはそいつのおかげで……」
「愚問だな。占うまでもない」
言わんとする事を理解したのか、スキュラは近付き様にマリアを受け取ると、グレーシャに背中を向け、低い声で答えた。
「たとえその者が故に生きているとしても、その者が為に生きる必要はない」
「……でも。それでも、あたいは一生そいつを好きだと思うんだ」
「ならば、それも良かろう。愛に生き、愛に死するというのもまた趣深いものだ」
口をつぐんだまま、グレーシャは何も答えなかった。その様子に小さく肩をすくめた後、スキュラは部屋の中央まで移動すると、そこに置かれた円卓上にマリアを寝かせた。
「さて、我の求むるものは、何処に」
そう言いながらスキュラが取り出したのは、さくらんぼ程の大きさをした透明な玉。よく見ると内部では、一回り小さい銀色の物体が深い輝きを放っていた。どうやら天然の二重構造らしい。
――これこそが、不老の秘石『SILVER・EYE』。
「二つの宝は、互いに求め合うと書物に在り」
ゆっくりと宝石をマリアの体の上で翳すスキュラ。すると程なく、その胸元が仄かに光り始めた。
「そこか」
興奮に身を震わせながら、伸びたスキュラの指先がまさに光に触れようとした瞬間、遠くで階段を駆け上がる足音が響き――直後、勢いよく開かれた扉の先に覗くシルエット。
「そこまでよ!」
颯爽とスキュラを指差し、よく通る声でクリスが言った。
「全く、せっかちな奴め。大人しく下で待っておれば良いものを」
「本棚の後ろに隠し階段があったわ。そこだけ埃が途切れてたから分かったの」
「お主の鼻の良さは相変わらずだな」
呆れた様子でスキュラが目を反らす。いつの間にやら、グレーシャは部屋から姿を消していた。
「さぁ、マリアを返してもらうわよ。勿論、『GREENEST』ごとね」
「それは出来ぬ」
戦いの始まりを告げる鐘の如く、遠くで雷が轟く。
クリスと向かい合ったまま、部屋の中央でスキュラは一枚のカードを頭上に投げた。
紫の煙を放ちながら宙を舞うタロットカード。刹那、煙の中から聖衣を纏った白髭の老人が現れ、両者の間に立ちはだかる。
「……『魔術師』の力を借りた」
スキュラがそう言い終わるのを待たずに、魔術師が胸元の高い位置に手を翳す。
すると、その手元が微かに光り、直後、空中に現れた氷のつぶてがクリスめがけて襲い掛かる。
咄嗟にクリスは後方へ跳んで攻撃をかわすと、素早く辺りに立ち込める灰塵の中へ姿を隠した。
「ここよ!」
敵の死角から飛び出すや否や、防御の隙を与えずに彼は勢いよく大鎌を薙いだ。
攻撃を正面から受け、泥のように床に崩れる魔術師。
しかし、その後、魔術師は平然とした様子で起き上がると、次なる攻撃の呪文を唱え始めた。
確かに手応えはあったはず。再び武器を構えたクリスの額に汗がにじむ。
「無駄だ。魔術師にそのような攻撃は効かぬ」
嘲笑うスキュラを余所に、クリスはただ打開策を求めて魔術師の動きを見詰めた。
そうしている間にも、今度は巨大な炎の玉が現れ、灼熱の火の粉を散らしながらクリスに迫る。
「……そういうコト?」
一瞬、クリスの口元に笑みが覗いたように見えた。そのまま大きく息を吸い込むと、意外にもクリスは自ら炎に向かって走り出す。
「あ奴、一体……」
遠目にその様子を窺うスキュラ。マリアに向けられた手が止まる。
そんなスキュラの視線の先で、クリスの姿が炎の中へ消えた。そして――。
「……やっぱり。手品のネタはバレてるわよ」