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「お話(仮)」

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「不老の石……『SILVER・EYE』? ということは、もう一つが……ひょっとしてマリアの持っている『GREENEST』?」
 インクの文字をなぞる指が動きを止める。そして、クリスは言った。
「そういうコト? 不老不死。それがアナタの目的ね」
 静かに本を閉じ、そのまま元あった場所へ戻そうと再び書棚の前に立つクリス。と、そんな彼の目に、別の書物の赤い背表紙が映る。
「これって……」



 港から続く石畳の道を駆けるシヴァの胸中で、先程までのクロウとの会話が蘇る。
(どうやら、私の出る幕はなさそうです)
 全てを語り終えると、クロウはシヴァの元を離れ、夜の闇へ姿を消した。
(それと、最後にもう一つ。興味深い話を教えて差し上げましょう)
 首筋を撫でる湿った風と交差しながら、その耳元でクロウの声が響く。
(不老の石と称される『SILVER・EYE』は、時にそれと全く異質な、とある能力を発揮するのです。そう、その能力とは……)
 建物群の隙間からもれる海風の音。それは、まるで死霊の唸り声のようにも聞こえた。

「……紅い獣?」
 そのタイトルがクリスの目を引いた。
 所々傷んではいるが、辛うじて読むことは出来そうだ。クリスはそれを両手に持ち変えると、ゆっくりと埃まみれの表紙を開いた。

 ――紅い獣。我等に与えられた恵みは大きく二つ。
 右手の印と等しい野の獣を操り、己の姿をも自在に獣へと変化させる。

 ――紅い獣。我等は三種の姿を持つ。
 理性を司る“人”、力の“獣”。そして双方を兼ね備えた“半獣”。
 時に強者は弱者を獣に堕とす事さえ可能。
 即ち己の印の力こそが、人の姿を保つ唯一の術である。

 ――紅い獣。我等は絶対者“ノア”により生み出された。
 “ノア”は総ての獣の頂点に君臨する至高の存在。
 その姿を知る者は数少ないが、ならば己の印に問え。
 父なる畏敬の矛先を。母なる心の拠り所を。

「ナルホドね。森の熊男やグレーシャちゃん達の変身も、これで納得がいったわ。それにしても、この“ノア”って何者なのかしら?」
 真剣な眼差しで、クリスは黄ばんだページを一枚ずつ丁寧にめくっていった。
 と、ある箇所で突如、その表情が凍りつく。
「ちょっと……嘘、でしょ?」
 言葉を失うクリスの横で、再びあの水晶玉が淡い光を放つ。
 ――色白の肌。緋色の瞳。そして、胸元まで垂れた柔らかな白銀色の髪。
 本の挿絵に描かれた“ノア”の面影が、水晶玉の中のシヴァの姿とぴたりと重なり合う。
「シヴァちゃんが……紅い獣のボス……“ノア”?」
 クリスは我を忘れて挿絵に見入った。
「まさか。やーねぇ、アタシったら、そんなハズあるわけないじゃない。あるわけないわ」
 そして、自分自身に言い聞かせるように、彼は何度もそう言った。
「?」
 次の瞬間、頭上で物音が響き、天井の梁に積もっていた埃がクリスの肩に落ちた。



 館の二階部分にあたる、人気のない屋根裏部屋のような場所。
 その静寂を破り、突如、悪鬼魍魎の群れがたった一つの小窓から押し寄せる。
 悪鬼達はみるみる群れる範囲を狭めてゆき、終いには複数の人の形を作り上げた。
「へぇ。今度は“悪魔”の大行列だなんて、あんた色々出来るんだねぇ」
 中から現れ出たグレーシャが感心したように呟き、マリアを抱えたまま外の景色を見下ろす。
 真下に見える孤児院の赤い屋根。既に庭に子供達の姿はなく、昼間とはうって変わってひっそりと静まり返っていた。
「ほんの捨て札(ふだ)に過ぎぬ……。さて、早速取引を始めるとしよう」
 太い蝋燭に明かりが灯され、闇の中、スキュラの仮面が不気味に浮かび上がる。その後、スキュラは服の中から何かを取り出すと、それをグレーシャの手元へ放り投げて言った。
「お主らの望みの品だ。持って行くが良い」
 ――獅子の革紐で幾重にも縛られた、瑠璃色の巻物。
「これが……『蒼炎の書』?」
 大きさにそぐわない異様な重みがグレーシャの掌にのしかかる。
作品名:「お話(仮)」 作家名:樹樹