「お話(仮)」
「占いね。太陽って、もしかしてアタシの事? だとしたら、月は何を意味しているのかしら?」
「こうすれば、どうだ?」
そう言って、スキュラは伸ばした手でテーブル脇の水晶玉に触れた。すると、にわかに球面が輝き、うつろいながら内部に映像らしきものが現れる。
「これは……シヴァちゃん。それに、マリアも」
「太陽と月。共に輝くことの出来ぬ二つの光。そして……」
「!」
スキュラが右上にある四枚目のカードをめくるのと同時に、建物の扉が音を立てて勢いよく閉まった。そして、床に溶け込むかの如くスキュラは姿を消すのだった。
「一体、何処へ? まさか」
嫌な予感に駆られ、クリスはテーブルに目を移す。
“太陽”と“月”を隔てる四枚目のカード。そこには杖を持った“隠者”の姿が描かれていた。
「どこまで言ったんだ、あいつは」
夕暮れ時の港を見渡す広場の片隅で、不機嫌そうに腕を組んだままシヴァは長い溜息をついた。クリスが例の泥棒を追って去ってから、もうかなりの時間が経っている。
雑踏の中、彼女は視線を海の方向へやった。それぞれの巣へ帰るカモメの鳴き声に混じって、船上でのクロウの言葉が脳裏をよぎる。
(帰りましょう…………ノア様)
激しい嫌悪感から、彼女は両手で耳を塞いだ。しかし、その声は鼓膜の奥深くについて離れない。
「やめろ……っ! 違う。私は……」
そのまま固く目を閉じ、何度も首を横に振った。
――と。
「どうしたの? そんな怖い顔して」
至近距離で響いた声に反応したシヴァの視界いっぱいに、心配そうに彼女を覗き込むクリスの顔が飛び込んだ。
「待たせちゃったの、怒ってる? ねぇ、それより向こうでスゴイの見つけたの。シヴァちゃんだけに見せたいんだけど、ちょっとだけ来てくれないかしら?」
「おい、急にどうした? それに、マリアは……」
「大丈夫、すぐに戻るから平気よ」
そう言ってクリスは半ば強引にシヴァの手を取ると、マリアを一人その場に残して歩き出した。
「……」
港を横切る二つの長い影。太陽が海に近付くにつれ、露店は次々と店じまいの支度を始め、人影のまばらになった周囲一帯に俄かに冷たい海風が吹く。
「何のつもりだ?」
細い路地に差し掛かった所で足を止め、シヴァが問う。
「だから、シヴァちゃんに見て欲しい物が……」
「その前に、お前に聞きたいことがある」
クリスの手を振りほどき、一呼吸置いて彼女は言った。
「お前は一体何者だ?」
その指間に、鋭いナイフを携えながら。
刹那、刃に映ったクリスの姿がうつろい、歪んだ唇から漏れる、変声機ごしの不気味な声。
「勘の良い小娘め……。だが、我が目的はお主ではない」
「なっ? しまっ……!」
途端にシヴァの顔色が変わり、彼女はすぐさま身を翻して来た道を駆け出した。
しかし直後、路地の出口に新たな人影が差し、逆光を背に現れたグレーシャが歯を見せて笑う。
「残念でした。コイツはいただいてくよ」
見ると、その腕にはマリアが気を失った状態で抱えられていた。
「んじゃ。後はヨロシク頼んだよ、スキュラ」
「待て!」
去りゆくグレーシャめがけてナイフを放つシヴァ。
次の瞬間、両者の間に仮面をかぶった黒衣の人物が立ちはだかり、扇の形に広げたカードで迫るナイフを受け止めると、ナイフの刺さったカードを一枚ひらりと空中に舞い上げた。
「これは……?」
同時にカードから黒煙が吹き出し、その中から甲冑を纏った凛々しい騎士が姿を現した。
手にした剣を振り翳してシヴァに襲いかかる騎士を眺め、物陰からスキュラが低く笑う。
「“騎士”の力を借りた。愚かなる者よ……」
○
日没と共に出港する大型船が、最終乗船を促す汽笛を鳴らす。
急ぎ足に移動する乗客たちのまばらな足音に重なり合って、港を駆けるヒールの靴音があった。
「あいつら、一体どこへ……?」
小走りに先程の広場まで戻るや否や、シヴァは小さく舌を打つ。
あれから、“騎士”はしばらく彼女の行く手を阻んだ後、まるで煙のように姿を消した。
閑散とした夕刻の港に一人取り残され、シヴァは再び溜息を吐いた。
――すると。
突如吹き抜けた潮風と共に、背後で一斉に飛び立つカモメの群れ。そして。