「お話(仮)」
第4話 『タロットカード』
世界地図の中心に位置する経済都市ジュノー。その南東部の港にクリス達は上陸した。
「さて、と。これからどうしようかしらね?」
まだ少々痺れの残る体を左右に動かしながら周囲を見渡すクリス。そこはさすが大陸の玄関口というだけあり、往来する多様な肌色の人々で賑わっていた。
「グレーシャちゃんも行っちゃったし。この町に物知りな人っていないのかしら?」
「まだそんな呑気なことを言うか。また騙されるぞ」
無愛想にシヴァが呟く。髪はポニーテール調にまとめられ、白い肌が照りつける日差しに映える。
「そうねぇ。でも、何だかそんなに悪い人じゃなさそうな気がするのよね。だってホラ、アタシ達がここまで来れたのも、グレーシャちゃんのおかげじゃない」
「クリス、お前は本当にお人好しだな」
呆れ顔のシヴァの隣で、先程まで乗っていた漁船を眺めるクリス。
彼女なりに借りを返したつもりなのだろうか。あの後、去り際にグレーシャは海蛇らを人の姿に戻し、船を動かす手立てを残していた。
「あら? ところで、マリアは?」
あそこだ、とシヴァが人垣の先の露店を指差す。見ると、マリアがその脇に座り込み、シート上に無造作に並べられた商品を眺めている。
「何を見ているの?」
すぐ横に顔を覗かせてクリスが尋ねる。
マリアは何も答えなかったが、視線を辿るとそこには異国情緒漂う木製のオルゴールがあった。
すると、気付いた行商人がそれを手に取って、彼女の鼻先に差し出してみせる。
「これは北の果ての小国のモンでね。素晴らしい彫り文様が施されているだろう? ウチの店でも一点モノだよ。ま、とにかくだよ。この音色ってのがまた素晴らしいんだ」
そう言って、商人はゆっくりとオルゴールの蓋を開けた。
……五秒……十秒。しかし、待てども何も聴こえてこない。
「あれ? 壊れたかな?」
首を傾げて内部を覗き込む商人。その間も、マリアはずっとオルゴールを眺めていた。
「欲しい?」
財布を取り出しながらクリスが尋ねる。その後、彼は商人に向き直って言った。
「それ、いくらかしら?」
「250Яだが……調子が悪いから150Яにまけとくよ」
「アリガト」
その時、人波をかき分けて現れた男の肩がクリスと接触した。
すぐに男は去っていったが、直後、クリスは気付いた。
懐にしまったはずの財布がない。ぶつかりざまに男が奪ったのだ。
「アイツ……」
クリスはマリアをシヴァに託すと、全速力で男の後を追った。
迷路のような石畳の道を不規則に駆け回り、細い裏通りへ逃げ込む男。クリスは自慢の足で懸命に男を追ったが、両者の距離は一向に縮まらない。
「なんて足の速い……っ!」
すると、今まで全力疾走していた男が突然足を止めた。クリスが追いつき、男の腕を掴む。
「さぁ、それを返してもらうわよ」
男は驚いたような表情でクリスを見上げた。そして、自分の持っている財布を見て更に驚く。
視線を移すと、真横には孤児院らしき施設と――通りの反対側にたたずむ古びた洋館。
どこか不思議な空気を察知し、その洋館を凝視するクリス。と、同時に館の正面扉が軋みながらゆっくりと奥へ向かって開いた。
「あーら……。どうやら、呼ばれちゃったみたいね」
無邪気に遊ぶ子供たちの声を背に、扉の先に広がる闇を真っ直ぐ見据えてクリスは笑う。
「シヴァちゃん怒るかしら? ちょっと、そっちへ戻るのが遅くなりそうだわ」
肩をすくめて一言そう呟くと、クリスはそのまま館の内部へと足を踏み入れた。
中へ入って程なく、視界に微かな光が差した。
窓のない部屋の四隅で燃える蝋燭の炎。よく見ると、室内には古い書籍の並ぶ本棚や、星の動きを観測するものと思われる筒状の器具など、多くの骨董品が所狭しと配置されている。
「?」
そんな中、奥の机の前にたたずむ何者かの後ろ姿がクリスの目にとまった。
「アナタは……誰?」
「スキュラだ。久しいな、太陽の眷属クリストファーよ」
こちら側に背を向けたまま、スキュラと名乗る人物は言った。全身を黒い布で覆っていて性別すら定かではないが、その背格好はクリスよりも一回り以上大きい。
「太陽? 悪いけど、人違いじゃないかしら?」
「まぁ良い。じきに思い出すであろう」
首を傾げるクリスを余所に、変声機を使った低く霞んだ声でスキュラは続けた。
「この時代、この場所でお主と巡り会えたのも何かの運命。全ては運命の輪の導きなり」
その後、テーブルの上に星型を描きながら、五枚のカードを裏返しに並べ始めるスキュラ。
「我が使命は、神の意志の代弁に在り」
手慣れた仕草でスキュラはまず上と右下、左下にある三枚のカードをめくった。
「“太陽”が天高く昇りし時、地平線には“月”と“女帝”」