「お話(仮)」
ビロードの絨毯が赤黒く染まる。
「っ……」
攻撃はシヴァの右肩を貫通し、彼女は崩れるように床に倒れ込んだ。
にじみ出た血がマントを濡らし、絨毯の上に点々と落ちる。急所は外れているものの、傷は深い。
一方で、ルビアもまた、力尽きた様子で膝をつく。
「手間取っちゃったわね。今から戻るわ」
壁にもたれて一言そう囁き、傷口を押さえながらルビアが立ち上がろうとした、その時――。
「……」
全身に鳥肌が立った。
背後の闇から浮かび上がる禍々しい気配。窓の向こうでは鳥の羽音がこだまし、同時にシヴァが身に走る痛みに耐えつつ、低い声でその名を呼んだ。
「……クロウ」
その声に気付いてか、クロウは床に横たわるシヴァに軽く視線を落とし、蔑むような笑みを口元にのぞかせる。そして、無言で片手を壁際に伸ばすと、手近な鎧から鉄槍を一本抜き取った。
冷ややかな殺意。そのままゆっくり視線をルビアに移し、クロウは槍を薙いだ。
「今日はツイてない日ね」
一言吐き捨てると、迫る刃先を紙一重でかわして素早くかまいたちを放つルビア。
しかし、傷と疲労から、どうしても動きが鈍る。
「!!」
刹那、獲物の動きを捕らえたクロウが、ルビアの心臓めがけて突きの一撃を仕掛ける。
「や……めろ! クロウ!!」
槍の切先が眩しく光る中、シヴァが叫ぶ。
しかし、その渾身の声は儚くも、雷鳴の唸りにかき消された。
○
少しずつ暗闇に慣れてきた目で前方を見つめながら、クリスは長い廊下を歩いていた。
「イヤな気配ね」
窓の外で雷が落ちる度、壁に並ぶ騎士像が不気味に光った。
既に、鎧兜の奥の“傍観者”には気付いていた。
「隠し装置だなんて、覗きが趣味なのかしら?」
全てを監視されているような、不穏な空気。そんな居心地の悪い回廊をしばらく進んだ後、ふいに曲がり角に差し掛かった。
導かれるがまま、クリスは足早に突き当たりを曲がった。
次の瞬間、その目に飛び込んだ信じ難い光景。
「ル、ルビア!?」
――壁とほぼ垂直に固定された槍。そこに磔となり、物言わぬルビアの姿だった。
惨状に顔を伏せたクリスの足元で、ビロードの床に残された血の跡と複数のナイフ、そして、大量の黒い羽が月明かり浮き上がる。
「このナイフ、シヴァちゃんの?」
血は、更に廊下の奥へと続いていた。迷うことなくクリスは走り出す。
――が。
「待て」
背後から響いた声に彼が振り返ると、そこには刀を携えた青年が一人、死霊のような眼差しでクリスを見据えて立っていた。
男は静かに武器を抜くと、その刃をクリスに向けて言った。
「我が同胞の弔い。この先へ行きたくば、牙戦士が一人、フウマの屍を越えてゆけ」
「んもう。こんな時に……」
ゆっくりとシヴァの目が開く。
いつの間に、そしてどのぐらい気を失っていたのだろうか。仰向けのまま彼女は辺りを見回した。
どうやら、ここは館の屋上庭園のような場所らしい。
「……ク、ロウ」
すぐそばの花壇脇にたたずむクロウの姿を見つけたシヴァは、熱を帯びて朦朧とする意識の中で男の名を呼んだ。
すると、クロウは手に触れた白い薔薇を一本折ると、シヴァのもとへ歩み寄り、そして言った。
「賭けは貴女の勝ちですよ」
「賭け? 何の、ことだ……っ」
上体を起こそうとして、傷の痛みにシヴァの顔が歪む。
「……」
クロウはそれ以上何も語らなかった。ただ、代わりに屈んでシヴァの背に手を添え、静かに彼女をその場に寝かせた。
「私を、解放してくれるのか?」
虚ろな瞳で尋ねるシヴァ。するとクロウは立ち上がり、口元に笑みをたたえたまま、持っていた花を冷ややかにシヴァの胸元に落とした。
白い薔薇が、みる間にその血で紅く染まった。