「お話(仮)」
単調な黒い森の映像。
恐らく何かを探しているのだろう。大人の男の肩の高さで、画面がゆっくり左右に揺れる。
程なくして、その動きが止まった。そして――。
「!」
静寂を突き破る一発の銃声。
闇に溶けるように、撮影者、即ちロキの抱える猟銃から煙が上がる。
と、同時にその銃口の先で、微かに人影らしきものが動いた。
「見ぃつけた」
茂みをかき分け、標的との距離をつめながらロキが呟く。
「もう逃げられないよ……お譲ちゃん」
周囲が拓けた森の小空間で、その“獲物”は後退し、中央の一本杉の下へと追い詰められてゆく。顔つきは定かではないが、目深にかぶったフードの下からは白銀色の前髪がのぞいていた。
抵抗する気配はない。その様子を見て、ロキは少々物足りなさげに猫のノドを撫でながら、もう片方の手の指を銃の引き金に添えた。
「もう終わりかい? 少しは抵抗してみろよ。楽しませてくれよ……なぁ」
怯える相手を弄ぶような声色で、彼は獲物の名を呼んだ。
「…………アカイケモノ」
夜空にこだまする二発目の銃声。
しかし、次の瞬間、画像が大きく乱れ、呻き声と共に地面に崩れ落ちたのはロキの方だった。
飛び散った血しぶきが景色を朱に染め、満月の下で猫が鳴く。
そして、背後を振り返った猫の目に映る黒い影。そこには巨大な赤毛の熊が、真新しい血を爪から滴らせて立っていた。
「ぐっ……仲間がいやがったか」
絞り出した声で呟くロキを余所目に、戦意を失った熊は体の向きを変えると、そのまま森の奥へ姿を消した。
「これまでか……。畜生っ、終わらせて……たまるか! 終わらせるもんか……っ!」
そんなロキの傍へあのフードの人物が近付き、心配そうに彼の顔を覗き込む。
すると、ロキは片手で猫を呼び寄せ、そっとその玉飾りに唇を当てると、微かな声でこう囁いた。
(よく見ろ……。アカイケモノの……顔だ……)
その後、抱き上げた猫を相手の鼻先に突き出して、彼は言った。
「頼む。コイツを……町の、酒場の……ルビア、に…………」
画面いっぱいに映し出される女の顔。
満月の下、鮮明に。その怯えた表情さえも――。
それは、まるで鏡を見ているようだった。
険しい表情で立ち尽くすシヴァを横目にルビアが笑う。
「観念なさい。もう言い逃れは出来ないわよ」
シヴァの頬を汗が伝う。その後、一呼吸置いて彼女は首を横に振った。
「……違う」
「見苦しいわよ」
鋭い爪を振りかざし、ルビアは続けた。
「まぁいいわ。言い訳はボスの前でしてちょうだい」
瞬間、その姿が消えたかと思うや否や、シヴァの頭上で風を斬る音が響く。
すかさず前方へ跳び、攻撃をかわすシヴァ。
「甘いわよ」
体勢を立て直す隙を与えず、ルビアは再びその爪で第二撃の“かまいたち”を放つ。
迫る攻撃を紙一重でよけたシヴァは、そのまま床を蹴って上空に舞うと、片手でナイフを数本構え、一気にルビアめがけて投げた。
「っ」
反射的にそれらを爪で払い落としたが、受け止めきれなかったものがルビアの腕を斬りつけた。
流れ出た血が静かに腕を伝い、その爪を朱に染める。
「……私の負けね」
勝負あった。吐息交じりに呟き、廊下の先を指差すルビア。
「行きなさいよ。鬼の棺が待ってるわ」
「鬼の、棺?」
「紅い獣を喰らう鬼が封じられた魔具、別名『蒼き鬼の棺』。それがあなた達の獲物でしょう?」
そんな彼女の爪の先から一滴の血が絨毯に落ち、同時に外で光った稲妻が、対照的に二人の顔を青白く照らす。
「そうか。クロウ、それがお前の狙いか」
そう呟くと、シヴァはナイフをコートの中に戻し、足早に屋敷の奥へと回廊を歩き出した。
「……」
去りゆくシヴァの背中を見送るルビア。ふと、その口元に笑みが覗き、そして――。
「だから、あなたは甘いのよ!!」
「!?」
刹那、鋭い殺気が走り、鋼の爪が一直線に彼女めがけて襲いかかった。
――獣の唸り声にも似た雷鳴。
その明かりの下に映し出されたのは、背後からの攻撃に体を貫かれたシヴァの姿だった。