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「お話(仮)」

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「よー〜い、はじめっ」



 ――『輪(ロンド)』。
 人は誰しも己の内に、見えない力を秘めている。
 それは脆くて不安定だが、時にいかなる宝石よりも強固で尊い輝きを放つ。

「十、九、八、七……」
 目を閉じてカウントを始めるノア。
「まだまだいけるわよ」
 部屋のベッドにシヴァを寝かせた後、クリスはそっと自身の胸に手を当てた。
「たとえ『ローズ・マリー』がなくたって、蒼炎の力はアタシの中にもあるんだから」

 そう。今までアタシを支えてくれた、たくさんの仲間達の記憶と共に。
 そして、これからも。みんなと一緒にいるために……。

 ふと、鉛筆を動かすオリバーの手が止まる。
「コウミ姉ちゃん? 今、聞こえなかった?」
「は、はい! 坊ちゃんもですかぁ?」

 同じ頃、エンデュミオンの空の下で。
「不思議……。瞼の奥に、あの人の姿が見える」
 マリアは祈るように目を閉じた。

「ルビア、これは一体どういう事だ?」
「さぁ? 何処かの誰かさんに直接聞いてみたら?」
「……クリストファー、だね」

「クリスだわ!」
 丘の上で、ルージュは果てない夜空を仰いだ。
 そこへ相棒がやってきて、ふわりとその肩にとまった。
 よく見ると、くちばしに壊れた黒い箱型の何かをくわえている。
 ひとつ、またひとつと姿を現す星座達。そして――。

 思いは時を超え、クリスの内側で、次々と懐かしい記憶が蘇る。

(私に構うな)
(クリス。お前は理解不能だ)
(私は、お前が考えているような人間ではない)

 ……シヴァちゃん、アナタと出会えて、一緒にいられて幸せだったわ。
 今まで、本当に有難う。

 深く息を吸い込みながら、クリスは両手を広げた。
 同時にカウントの声が止み、直後、ノアはにっこり笑って言った。
「……時間切れ」



(クリスお兄ちゃん! 負けるな!)
 心に声援が届いた。
「分かってるわよ、オリバー」
「誰と話してるの? ホント、君ってよく分からない人だなぁ」
 ノアが可笑しそうに言った。その耳元で、『紅真珠』がにわかに輝きを増す。
「次は外さないよ」
「どのみち、その次はないわ」
 真正面からノアに向き直り、クリスは右手を掲げた。
 眼前に立ちはだかる獣の脅威。
 だが、気のせいだろうか。その姿は今までとは何かが違って見えた。
「行くわよ!!」

 クリスの手中に、光輝く大鎌が現れた。
 それは細かい蒼雷を放ちながら、少しずつ周囲の色を打ち消してゆく。
「しつこいなぁ。そんなので僕に勝てるとでも……」
 ノアは指先をクリスに向け――――そして、言葉を失った。

 クリスの背後に、大勢の人影が見えた。
作品名:「お話(仮)」 作家名:樹樹