「お話(仮)」
「私は……お前に、出会えたことが…………」
…………嬉しい。
「な、何言うのよシヴァちゃん。それじゃ、それじゃお別れみたいじゃないの」
シヴァが、微笑んだように見えた。
直後、その細い指先が、クリスの頬をなぞって床に落ちた。
「シヴァ……ちゃん……?」
シヴァはもう動かなかった。抱きしめた腕の中から、そっと体温が消えてゆく。
クリスは目を伏せた。
「ふーん。さすがのキミでも泣くんだ。無理ないか。大好きなシヴァが死んじゃったんだもんね」
歩み寄ってきたノアが、抑揚のない声で、クリスとその腕で眠るシヴァに囁いた。
雪よりも白く、そして冷たいシヴァの頬。
「ハハ、何やってんのかなぁ。ホント、馬鹿だよねー」
そんな彼女から目を背けるように、片手で髪を掻き上げながら自身の顔を覆うノア。
ふと、その手に力がこもる。
「セ――〜ト――〜。せっかく僕がやろうと思ってたのに。楽しみは最後に取っといたのに、横取りなんてズルイじゃん」
廊下に身を乗り出し、片足でセトを起こそうとするノア。しかし、その体は冷たく、もはや微動だにしなかった。
「ズルイなあ」
ノアの足がセトを蹴る。一回、また一回と、徐々に力を増しながら。
「……そのくらいにしておきなさい」
俯き、シヴァの死に顔を見詰めたまま、クリスが低く諭す。
「いなくなった人は……もう、戻ってこないんだから」
「うるさい!」
刹那、衝撃波が部屋中を駆け、クリスの背後で何体かの剥製が倒れた。
「なぁんだ。君は悲しくないんだ? さっきの涙は嘘なんだ?」
「違うわ」
「僕は君を許さないよ」
窓からひとすじの風が吹き込み、壁伝いに二人の髪を躍らせる。
「シヴァが死んだのは君のせいだ」
直後、『紅真珠』から眩い光が伸び、真昼のような明るさで辺り全体を照らし出した。
――百の命を喰らった時……。
○
ゆっくりと、太陽が西の空に沈んだ。
「な、何が始まるの?」
咄嗟にシヴァを庇う位置に立ち、クリスは揺れる天井を見上げた。
「『紅真珠』が、僕のカラダの一部になるよ」
ノアが笑う。紅の光に染まった横顔に、優越と歓喜の色をたたえながら。
「やっと封印が解けた。ずっと眠ってた、本当の力が目覚めるんだ」
そう言ってノアは振り返り――その瞳が標的を捉えた瞬間、クリスの背すじに寒気が走った。
「もう、誰にも邪魔させない。世界は僕の思い通りだ」
「!?」
得体の知れない気配にグレーシャが身震いする。
「やばい、やばいよ。何だかよく分からないけど、こいつは尋常じゃないって……!」
「どうやら間に合わなかったようですね」
荒野に二つ、並んで伸びた長い影。男は言った。
「『紅真珠』は持ち主の欲望に同調し、膨れ上がった力は世界をも呑み込む」
刻々と夜が迫る空の下で男と向かい合い、グレーシャの影が問う。
「何とかならないのかい?」
「……私はただの旅芸人です」
小さく肩をすくめた後、男はそっと褐色の手を伸ばした。
次の瞬間、その手がグレーシャの胸を突き、そこから銀色に輝く小さな光の球を抜き取った。
たちまちグレーシャの影が闇に消える。
「人の欲望を糧に覚醒した『紅真珠』。それを阻むものが、もしもこの世にあるとすれば……」
――あるとすれば……やはりそれもまた、人の思いに他ならないのでしょう。
「そうはさせないわ」
クリスがノアを見据えて言った。
「アナタが何者であろうと、どんなに凄い力を手に入れようと、アタシにも譲れない物があるの」
その腕の中で『ローズ・マリー』が蒼々と輝く。
「ふーん。君って、思ったより鈍いんだね。まだ分かんないのかなあ? この絶対的な力の差」