「お話(仮)」
「どう? 似合うでしょ?」
ノアの口元から笑みがこぼれる。
左右の耳で光る宝玉、『紅真珠』。窓辺の日差しを受けて、その色が更に際立って見えた。
「……」
「何か言えば? 黙ってられちゃ面白くないよ」
「……何故」
重苦しい沈黙の末、シヴァはゆっくり口を開いた。
「何故、お前が選ばれたのだろう? 十八年前の今日、私達双子のどちらを新たな宗主とすべきか。悩んだ者達が出した答え、それは、片方の石の回路を閉ざし、私達二人に無作為に分け与えるという方法だったな」
「で、僕が当たりを引いた。それだけのことだよ」
にこやかで、ひどく冷たい王者の眼光。
「勝者は僕だ」
「違う!」
シヴァの足が床を蹴った。
と、同時に鋭い刃がノアめがけて空を切る。
「シヴァ……ホント、君は昔から変わらないね」
小さな溜息。
「ちょっと痛くしなきゃ分かんない?」
「!」
瞬間、見えない衝撃波が発せられたかと思うや否や、全てのナイフが軌道を変え、一斉にシヴァの顔面に襲い掛かった。
間に合わない。彼女は思わず目を閉じた。
「……」
痛みの代わりに、瞼ごしに蒼い閃光が走った。そして――。
「んもう、やっと追いついたわよ。シヴァちゃん」
背後から響いた声。
シヴァは顔を上げ、少し離れた入口扉に視線をやった。
「クリス!」
目が合うなり、クリスは微笑んで両手を広げた。
そんな彼の姿を見て、無意識のうちにシヴァは駆け出していた。
――その時だった。
(ヒヒヒヒヒ……俺に背中を見せちゃ、ダメだョ)
拳銃が鋭い悲鳴を上げた。
「!?」
冷たい悪魔の風が、後ろからクリスの頬をかすって、シヴァの胸を貫いた。
「シヴァちゃん!?」
一瞬にしてその場の空気が凍りついた。
クリスの叫びが彼女に届いたかどうかは分からない。
ただ、ひとすじの細い涙と共に、クリスを見詰めるシヴァの瞳から力が抜けた。
「ァァ、楽しいねェ……楽しいねェ」
扉の外側でセトが笑う。
傷ついた羽をしきりに震わせ、口元から血を滴らせながら。
「アリガトウ。俺の心は、満たされ……た……」
かすれた声でそう言うと、セトは力尽き、背中から床に崩れ落ちた。
銃がビロードの絨毯の上を弾む、その微かな音だけがクリス達の耳に届いた。
ゆっくりと床に倒れるシヴァ。
「シヴァちゃん!?」
駆け寄るクリスと、その向こう側に立ち尽くすノア。
横たわったシヴァの上体を支えながら、クリスは彼女の名を呼び続けた。
「シヴァちゃん! シヴァちゃんしっかりして! 大丈夫よ、アタシがいるから大丈夫よ!」
微かに、床にうなだれたシヴァの右手が動いた。
クリスは強く、その手を握った。
「クリ……ス」
シヴァの瞼が僅かに開き、クリスの顔を見上げた。
「クリ……」
「喋らなくていいわ。後でゆっくりお話しましょう」
「苦し……かった。ずっと、一人……で……」
うわごとのようにシヴァが呟く。
「一人じゃないわ! シヴァちゃんは、一人なんかじゃないわよ」
「クリス。お前は……私を、変えた……。この目に、映る……世界を……変え、た」
「?」