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「お話(仮)」

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 第2話 『北風と太陽と』

 裏道にひっそりたたずむ一軒の酒場。
 狭い間口で揺れる看板には、飾り気のない文字で『GISELLE』と書かれていた。
「どうやらここみたいね」
 手元の紙切れと目の前の看板とを見比べて呟くクリスの脳裏で、その紙切れの提供主――例の情報屋の言葉がよぎる。
(町の北地区で“ジゼル”っていう飲み屋を探しな。そこへ行ったら会えるとは思うが……まぁ、せいぜい気をつけるこったな)
 首を傾げるクリスに対し、情報屋はもったいぶった顔で壁の方向を指差しながら、含んだ物言いでこう付け足した。
(美人と同業者には深入りしねぇのが一番。それが、俺の人生哲学ってヤツよ)
 窓から吹き込んだ風を受けて、壁の貼り紙が無慈悲にはためく。
《情報料:一律550Я(前払い)》
「何よ。その先は別料金だなんて、いい商売だこと。しかも、また地味な値上げを……」
「行くぞ」
 そんなクリスを尻目に、シヴァは店の入口に向き直ると、ゆっくりと扉を奥へと押し開けた。

 扉についたベルの音と共に、店内に立ちこめる煙草の匂いがシヴァ達の元まで届く。
 どことなくレトロな雰囲気がただよう小さな飲み屋。大人が数人も入れば満席になるであろう店の奥では、髪の長い女が一人、黙ってグラスを拭いていた。
「アナタが、ルビアさん?」
 女の正面の席に腰かけてクリスが問う。すると、彼女はゆっくり視線を上げ、二人の目が合った。
「……ルビアでいいわよ。大鎌使いのクリスと、その“連れ”のシヴァ」
「さすがね」
 思わぬ反応にクリスの口元が上がる。
「そういえば、噂で聞いたことがあるわ。この町のどこかに、知る人ぞ知る“影の情報屋”がいるって。それってアナタのことね?」
「あら、それで来たんじゃないの?」
 カウンターごしにクリスと向き合い、ルビアがかすれた声で返す。
 酒と煙草で喉をつぶしたのだろうか。何にせよ、この業界では珍しくない。
「そうねぇ、聞きたいことは山ほどあるんだけれど……今日の用事はこっち」
 そう言って、背後のシヴァに目をやるクリス。同時にシヴァの胸元が動き、コートの中に隠れていた黒猫がひょっこり顔をのぞかせた。



 一連の事情を聞き終えるなり、ルビアはゆっくり煙を吐いた。
「そう。この子、ロキに懐いててね。森の死体を確認しに行った時、見当たらないから心配してたの」
 猫を腕に抱えたまま、ルビアはカウンターに置かれた灰皿に煙草を押しつける。
沈黙の中、白い煙が吸い殻の山から真っ直ぐ天井へのぼっていった。
「用件は済んだ。私は行くぞ」
「あん。シヴァちゃん待って」
 立ち去ろうとするシヴァを追いかけてクリスが席を立つ。
「あら、もういいの?」
 そんなクリスらをルビアが呼び止め、二人の背中に彼女は言った。
「知りたいんじゃないの? お礼に何でも“御馳走”するわよ」
「……あら、それじゃあ」
 その言葉にクリスの足が止まる。
「紅い獣とそのロキって男との関係。それと、ゴルゴンゾーラについて教えてもらえるかしら?」
「いいわ」
 ルビアは小さく頷き、黙って空のグラスを二つカウンターに置いた。

「事の発端は数日前。ゴルゴンゾーラの屋敷が紅い獣の一員とみられる男に襲撃されたの」
「それは、一体どんな男だった?」
 カウンターごしにシヴァが問う。
「気になるの? 確か、イタチのような刺青の男だと聞いたけれど。とにかく、その時は『牙』の防衛によって難を逃れたの」
「キバ?」
 耳慣れない単語に、今度はクリスが口を挟む。
「そう。『牙』というのは、ゴルゴンゾーラの忠実な四人の僕(しもべ)のこと。それぞれが武術などに長けていて、ロキもその一人だったわ」
「ケモノを……倒したのか?」
「えぇ」
 シヴァに一言そう返し、ルビアは続けた。
「何か心当たりでもあったんでしょうね。ケモノは再びやってくると、そう予感したゴルゴンゾーラは、ロキを森へ送り“ケモノ狩り”を命じたってわけ」
「紅い獣の狙いは何なのかしら?」
作品名:「お話(仮)」 作家名:樹樹