「お話(仮)」
勝ち誇った顔で嘲笑う将校。
と、その鎧をマリアが掴んだ。
「そうくると思っていた。爆弾? それはもしや、これのことか?」
そのまま将校の背中にしがみつき、マリアは懐からあの円盤状の器具を出してみせた。
途端に将校の表情が青ざめる。
「貴様、何故それを……!?」
「今すぐ全ての爆弾を止めなさい! さもなくば……」
起爆ランプの点滅速度が増している。時間がない。
「私と共に死ぬか?」
「ば、爆弾を止めろ!」
将校が叫んだ。
「緊急停止装置を持っている奴は誰だ!? 黒い箱型のだ! 今すぐ止めろ!!」
「……」
背後に居並ぶ兵士達。しかし、誰一人として声を上げる者はいなかった。
「無い……だと!?」
次の瞬間、ランプの光が点滅から点灯に変わった。
爆発する! 悲鳴にも似たざわめきの中、その場にいた者達は皆揃って地に伏せた。
「!!」
十秒……二十秒……。
しかし、時間が経てども衝撃は来ない。
静まり返った葦野原で、最初に顔を上げたマリアがぽつりと呟いた。
「爆発……しない?」
いつの間にか、起爆装置のランプが消えている。
何が起きたのか分からず、彼女は不思議そうに首を傾げた。
――すると。
「不発だなんて、奇跡的だね」
「ルビア、爆弾はあれで全部ではなかったのか?」
「まさかあんな所に一個残っていたなんて……今のは正直危なかったわ」
続けてその場に姿を現した三人組。
「怪しい奴等め。何者だ?」
将校が立ち上がり、それを合図にカリブディスの兵達が一斉に攻撃の構えを取った。
「これはこれは、ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。私共は、大陸の宝石商社ゴルゴンゾーラ・カンパニーの者でございます」
ルビアにフウマ、そしてヨウ。
逆光を背に、三人の中央を歩くルビアが、持っていた何かを空中に放り投げる。
真っ二つに破壊された爆弾。
そして、彼女は颯爽と言った。
「社長の意向により、『GREENEST』を買い取りに参りました」
○
「……」
シヴァは何も言わず、ただ俯いていた。
「あれ? もっと驚くと思ったのになあー。でも、これで思い出したでしょ?」
ノアの手の平で、『紅真珠』が西日を浴びて燦々と煌めく。
「ノア……お前は何がしたい」
その問いに、ノアは窓辺で小さく笑った。
「知りたい?」
滑り込んだ冷たい風が、ふわりと白銀の髪を揺らした。
「すぐに分かるよ。準備は出来てる。あとは、あの……」
ノアの目が、壁際に映った夕日に向いた。
「そう。全てはもうじき完結するんだ」
(まだ終わらない……終わらないョ……)
セトの言葉が、残響となってクリスの耳から離れない。
――勝負は一瞬でついた。
(むしろこれから、これからが本当に楽しい)
背後に倒れたセトには目もくれず、クリスは歩き続けた。
(この先に帰り道はない。逃げ道もない。あるのは地獄への道だけ……ヒヒヒヒヒ……)
「そんなものは要らないわ」
クリスは呟いた。
「道がなくても、アタシは帰るわ。帰る場所がある限り。帰りを待つ人がいる限り」
――そして。
「一緒に帰りたい人がいる限り」
クリスは廊下を一気に駆けた。
○