「お話(仮)」
真っ直ぐこちらを捕らえた銃口。
「俺に背中を向けた瞬間、ジ・エンド」
○
片手で宙に輪を描きながらノアが囁く。
「まだだよ。まだ時間じゃない」
ベッドに転がった水晶玉は、相変わらずクリスの、そしてシヴァの姿を映し続けている。
そこからふいに視線をずらし、壁に刻まれた傷跡を眺めるノア。
「あと二人。ちょっと早いけど、宴の前の余興にはちょうどイイかもね」
ビロードの天蓋を揺らして、ノアはゆっくり立ち上がる。
「遊んであげるよ。ここまでおいで」
霧の中で対峙する二つの影。
クリスの背中で、『ローズ・マリー』が何かに共鳴するかの如く、小刻みに振動している。
「いいわ。受けて立つわよ。でも、その前に……」
蒼炎の波動を感じながら、クリスはふと胸ポケットに手を伸ばした。
「ずっと聞きたかった事があるの」
そう言って、彼が懐から取り出した物――。
「これに見覚えはないかしら?」
それは、血で錆ついた小型の銃弾だった。
よく見ると、その表面には独特な形の模様が入っている。
「……それが、何か?」
「父さんを撃った銃弾よ」
クリスは言った。
「事件のあった日、書斎で拾ったの。もしかして、アナタの落し物なんじゃない?」
「……」
「船で会った時にピンと来たわ。ねぇ、教えて。あの日、父さんの命を奪ったのは……」
セトを見詰めてクリスが問う。
どれだけ時間が経ったのだろうか。沈黙を破り、その瞳の中でゆっくりとセトの唇が動く。
くぐもった声で、しかりはっきりと、彼はこう言った。
「……で? だったら、それが何?」
途端にクリスの表情が硬直する。
「どうして」
「ヒヒヒ、狩りをするのに理由なんてない。うちのご主人サマが、百のエサを欲しがった。だから俺は獲物集めに協力した。以上、それだけ」
「……どうして」
やりきれない思いを堪え、クリスはもう一度尋ねた。
「何故それがキミの父親だったか? 強いて理由を挙げるなら、そうだねェ……アレ。掃除だョ」
「掃除?」
「こんな昔話を知ってるかい? 以前、俺達が“紅い獣”なんて名前じゃなかった頃、小さな盗賊集団を仕切っていたある男がこう言ったそうだ」
セトの右手で、ぼんやりと紅い刺青が脈動する。
「“金持ちはゴミだ”、とねェ」
クリスには見当がついた。おそらくそれは、貧しい者の味方であった盗賊の掟。カムイが言い出しそうな、男の美学のようなものだろう。
「で、そのずっと後、息子の坊やが同じコトを言った。だから、俺はゴミ掃除を手伝った。ヒヒヒヒ」
「そんな理由で……」
「加えて、もうひとつ」
クリスとの距離を詰めながら、セトは言葉を付け足した。
「楽しいからだョ」
そう言って、彼は不気味に舌を出して笑う。
「人を苛めるコトで、俺の心は満たされる。そして、その快楽の為なら手段は選ばない」
銃口をクリスの額に向けたまま、ゆっくりとセトは背筋を伸ばした。
「コレ、俺の美学ね」
刹那、その手元で拳銃が唸った。
○
西の空に浮かんだ夕日が、エンデュミオンの丘を橙色に染め上げる。
春の日暮れが迫る中、丘の上はほとんど身動きが取れないほど大勢の人々で溢れ返っていた。
彼らは皆、色の違う二本の蝋燭を両手に持ち、かつて教会があった場所に組まれた櫓(やぐら)を囲むように立っている。
低くこだまする太鼓の音。人々の視線が一斉に櫓上の舞台へと注がれる。
直後、そこに姿を見せた一人の女。
「ルージュ!」
誰かがそう叫んだ。
ルージュは少し緊張した表情で観客の顔を見回した後、カスタネットを持った右手をそっと掲げ、後方のバンドメンバー達に合図を出した。