「お話(仮)」
最終話 『神様のプレゼント』
「あはははハハ! やるじゃん。そうこなきゃね!」
投影球を持つノアの手が笑いに震える。
「ま、こんなトコで苦戦してるようじゃ全然話にならないけど」
球面に映ったノアの顔。どこか憂いを帯びた眼差しが、戦うシヴァの目元と重なり合う。
「でも、その様子じゃホントに覚えてないみたいだね。シヴァ」
ノアがふっと息を吐く。
と、同時に玉の中で追い風が吹き、シヴァの投げたナイフが相次いで敵に刺さった。
「忘れちゃったのかなぁ。今日が何のパーティーか、ちゃんと思い出すまでは、生きててくれなきゃ僕が許さないよ」
○
「あら、案外大したことないのね。ちょっと拍子抜けしちゃったわ」
武器をしまいながら、クリスは仕留めた敵の山を振り返る。
そんな彼を余所に、シヴァは無言で室内奥の上り階段を見詰めていた。
「どうかしたの?」
気付いたクリスが尋ねる。すると、シヴァは俯き加減に部屋を横切り、階段の下で口を開く。
「今ので分かった事が二つある。ひとつは、組織の下の者達は、私の……つまりノアの顔を知らない。そして、もうひとつは」
黒曜石の手すりに映る自身の顔。そこから目線を上げ、険しい表情で彼女は続けた。
「ノアは上で私達を見ている」
クリスには分からなかったが、恐らく血の繋がった兄妹だからこそ感じる何かがあるのだろう。
「そう。なら尚更、早く行ってあげなきゃね」
怯えていても仕方がない。二人は頷き合い、足早に先を急いだ。
階段を上がると、そこは薄靄の漂うホールになっていた。
「まだ上があるみたいね」
壁にかかった二枚の肖像画の向こう側、おぼろげに見える螺旋階段を指差してクリスが呟く。
「それにしても……この人、アタシ知ってるわ」
手前の男の絵が目にとまった。
力強い眼差し。今にもあの豪快な笑い声が聞こえてきそうだ。
「カムイ。懐かしいわね」
その言葉にシヴァの足取りが止まる。
「何故、お前がその名を知っている?」
彼女は振り向かずに尋ねた。
「昔の知り合いなのよ」
クリスは――シヴァには見えなかったが――微笑んでそう答えた。
(よーォ、兄ちゃん。こんな所で会うなんて、奇遇じゃねェか)
額縁の中から、相変わらずの調子でカムイに語りかけられた。そんな気がした。
「ホント、奇遇ね。いつかの飲み代、取り立てに来たわよ」
懐かしい記憶が脳裏をよぎる。あれから今に至るまでの間に一体何があったのか、空白の時間を埋め合わせるように、クリスはもう一枚の肖像画へ視線をずらす。
「あら、カムイ。その様子じゃ、プロポーズは成功したみたいね」
紅い耳飾りをつけた、見たことのある褐色肌の女。
同時に、クリスの中でひとつの運命の糸が繋がり合った。
「……シヴァちゃん? もしかして、この二人って」
その問いに、シヴァは二枚の絵の間で小さく頷き、そして言った。
「私の両親だそうだ」
不自然な言い回しだった。
首を傾げるクリスに気付いてか、その後、彼女は言葉を補足する。
「父は、私が生まれる前に戦場で死んだ。そして母も、まるで後を追うようにして世を去ったと、そうクロウから聞いた」
どこか寂しげにそう語るシヴァの横顔は、キャンバスに描かれた女のそれとよく似ていた。
○
天に向かって右手を掲げる、ブロンズ製の女神像。
ここは、エンデュミオンの目抜き通りに程近い小広場。
「で、結局今日は何のお祭りなの?」
台座の日陰部分に腰掛けたまま、おもむろにヨウが尋ねた。
「それよ」
横目でその足元を示してルビアが返す。
よく見ると、台座の側面には、細かい文字で何やら詩のようなものが彫られている。
「昔々、伝説の女神が国を作った記念日だそうよ」