おはようの事情
「でもさあ、それって学生の頃の話しであって、社会に出てからはそんな事言う人はいなかったでしょ」
僕は考えがまとまらないまま、とりあえず何か言わなくては、と思った。
「社会人ってそんなに暇じゃないし、そんな事する人なんて広い世界でもこの大矢ぐらいだと思うよ」
僕は拳で軽く大矢の肩を突いた。
「だからここで、この大矢さえ掌握してしまえば、楢崎さんは超美人なんだから、バラ色の人生が待ってるって。
そうだ、そういう意味でも、いっそのことこのメンバーで“挨拶の会”とか作ったらどうかな。ははは」
僕は苦し紛れを勢いに乗せて言ってみたのだが、予想外に反応が有った。
「あ、それいいあるね。ニーハオこと、この丹羽も賛成あるよ」と、丹羽が使えもしない中国語訛りを使う。
「丹羽ぁ、いいわけないだろ。楢崎さんはそういうのが嫌だって言ってるんじゃないか」
本庄が軽く丹羽の頭を張った。でも、と本庄が続ける。
「正直言うと俺もこの面子は捨てがたいものがあるよ。是非継続したい」
「じゃあ、僕はもう“サヨナラ”って言わないよ。そうだ、このメンバー間では“さよなら”は禁止にする」
と、何故か僕は熱く語った。そのうち苗字が変ってしまえば、そんな悩みとは“ごきげんよう”だぜ、とまでは流石に言えなかった。
「あー、でもそれはお前だけな。俺はそういうのは約束できん。小原だけ“さよなら”って言ったら罰金にするって事でどうかな? 小原は“さよなら”一回につき罰金千円を楢崎さんに払う事。賛成の方は挙手」
大矢が自ら挙手をすると、すかさず僕以外の全員が手を挙げた。
「おいおい、楢崎さんまでかよ。楢崎さんはこういうのって嫌いなんじゃないの」
「いえ、わたしに向かって来なきゃ大丈夫です」
やれやれ、少しは元気が出たみたいだ。