おはようの事情
「なんだ、そうなのか大矢」と本庄が問いかける。「実は俺も内心、俺って“ボンジョルノ”だな、とは思ってたんだけど、まさかこんなに集まるとは思ってもいなかったよ」
そんな陰謀があったのかと、僕は隣の大矢を睨んだ。
「おい大矢。そうなのか。そんな会を立ち上げようとして今夜は。で、楢崎さんは――!」
サヨナラ――。
「あたしは自分の名前がキライなんです。小学四年の時に両親が離婚して、お母さんと二人になって。名前が楢崎になったら――」
楢崎さんは顔を涙でくしゃくしゃにしていたが、それはそれでキレイな顔だと僕は思った。
「サヨナラ、サヨナラって。サヨナラだから帰れって。ずっと。中学まではそんな風に言われて。でも、大学でも影ではそんな風に言う人がいて……。
社会人になったらもうそんな事にはならないって思ったのに――」
と言って楢崎さんは下を向いてしまった。僕たち(楢崎さん以外の)は気まずくなって、グラスに手を伸ばしたり、思い出した様に料理をつつく者がいた。
有賀さんは震えている楢崎さんの肩を優しく抱き寄せた。そしてその手で楢崎さんの頭を撫で撫でする。僕はほんの少しだけ、有賀さんが羨ましかった。
大矢がごめん、と言って頭を下げる。
「でも、本当にこれは偶然なんだ。特に小出と須賀ちゃんは、ドタキャンの為のピンチヒッターだし」
「そうだよ。第一あたしなんて“おいで”じゃなくて“こいで”だしね」
「うん、あたしも自分の名前をひっくり返して“サンクス”なんて考えた事も無かったよ。っていうかあたし“ミク”だもん。でも、“サンクス”ってなんか気に入っちゃったカモ」
おやおや、これじゃなぐさめにはならないぞ。って思ったら、やっぱり楢崎さんは反応した。「先輩達は良いです。みんな出合った時の挨拶じゃないですか。わたしなんて“さよなら”ですよ。別れの言葉なんです」と言ってまた息を詰まらせた。