おはようの事情
「ほら、小夜ちゃんも聞いた事あるでしょ。例のおはよー、っていうやつ」
大矢とは最初から仲が良さそうに見える有賀さんが、大矢の話しを引き取って楢崎さんに投げた。
「ほぼ毎週よね、あんた達。みっともなく玄関で大きい声を出して……」
「そうなんですよ。僕はやめろって言うんですけど、こいつは幾ら言っても全然ききやしなくて」
僕の苦笑いに、大矢のバカ笑い。それに有賀さんの愛想笑いが重なってちょっと和んだかな、と思った次の瞬間――。
「もうやめてください」
楢崎さんが顔を上げてちょっとだけ大きな声を出した。僕たちと、卑怯にも反対サイドで盛り上がっていた五人も楢崎さんに注目する。
「もうやめてください。私、別にこんなグループに入る積りは無いですから」
楢崎さんは何故か僕を睨んだ。でも僕は、睨んだその目がなんてキレイなんだろう、と不謹慎にも思ってしまったのだ。
「え、何。こんなグループって」
大矢が審判に講義するサッカー選手の様な手振りをする。
「とぼけないで下さい。今日の親睦会は皆さん、名前が挨拶になっている人の集まりじゃないですか」
と、楢崎さんは皆を見回す。
「いやいや、この“おはよー”と有賀董子の“ありがとー”は気付いていて、それなりに親近感を持ってたけど。別に今日のはそんなのとは関係無いよ。第一他は普通だし――」
僕は大矢が苦笑いで弁解をしている様を入社以来始めて見た。
うそです、と楢崎さんが言って大木を指さす。
「大木仁さんは関西弁の“おおきに”じゃないですか。丹羽大介さんは中国語の“ニーハオ”。本庄竜能さんはちょっと苦しいけどイタリア語の“ボンジョルノ”だと思います。
それから小出康子先輩は京都弁の“おいでやす”でしょ。須賀三久先輩はあたしと一緒で姓名をひっくり返すと“サンクス”です」
ここで、固唾を飲んで見守っていた一同から「おー」という感嘆と共に拍手が起こった。