「山」 にまつわる小品集 その参
ヘアピンカーブが連続して始まろうとする、事故現場付近で、鹿が急に飛び出してきた。
三好はブレーキを踏んだ。鹿に当たった感触があったが、鹿は元来た山の斜面に消えていった。
すぐに薮本の家に引き返した。
呼び鈴を鳴らしても、気配が、ない。
ドアノブを回して引くと、開いた。
中に入ると、血まみれになった薮本が倒れていた。手から手術用のメスがこぼれている。
鹿は、いない!?
すぐに監識と捜査班に連絡を入れ、周辺を念入りに調べて回った。
連れてこられた警察犬が、家の近くの藪の中で鹿の死体を見つけた。その位置から急斜面を下ると、事故現場に出ることができる。
鹿の死体には、車とぶつかったらしい跡と、胸部にはメスで突かれたらしい傷があった。
野中は、鹿の頭部、主に額を調べるように依頼した。額に縫合したような跡を認めていたのである。
解剖に処された。
たしかに手術の跡があり、脳には別組織を重ねた痕跡。その部位に発達が見られた。
その組織のDNAは、薮本と親子であることを示した。
「野中さん、芳雄という鹿は、芳雄君の脳の一部が移植されていたのでしょうか」
「そうらしいね。おそらく、芳雄君の心が鹿の中で膨らみ、自分と母親の命を奪った車への憎悪が増していったのだろう。薮本さんはその事実を知って、鹿を殺そうとしたのではないだろうか」
「それに失敗して、自殺した」
「ああ、結局鹿も、自殺をしたのかもしれないね」
「・・・でも、大きな鹿ではありませんでしたね」
「恐怖を感じた時には、人は実際よりも大きく感じるものらしいよ」
2011.9.01
作品名:「山」 にまつわる小品集 その参 作家名:健忘真実