「山」 にまつわる小品集 その参
野中警部補は、部下の三好が運転する車で、開田高原から事故現場に向かっていた。泥混じりの雪が所々に積まれて残っている。
この道路は積雪期には、スキーを積んでやってきた車が縦列に連なって駐車していることが多い。スキー場はいくつかあるが、山スキーを楽しむ山ヤたちである。
今年になって、立て続けに3度目の事故である。
2年前に車が斜面に転落する事故があってから、一帯にはガードレールが敷かれた。
車は山の斜面にぶち当たるか、ガードレールをへこませるかして、死者を出すまでには至っていないが、唯一ひとり軽傷であった者の話によると、
突然大鹿が現れじっと睨みつけていた、
というのである。
現場付近は念入りに調べられたが、鹿の存在は認められなかった。熊なら時々出没しているのだが。
今日は、スキー場となっている山頂付近に、薮本天体観測所という個人所有の建物内で鹿を飼っている、という情報を得て、事故現場を見た後、その所有者に会う予定をしていた。
所有者が不在でも近辺を調べるつもりである。
洋風の建屋の玄関先に現れたのは、40代と思われる男性だった。
「こんにちわ、お忙しいところ申し訳ありません。私は長野県警の野中と申します」
「三好です」
「薮本さんですね、すでにお聞き及びかと思いますが、この下で車の事故が今年に入って3件発生しております」
はあ・・と薮本は頼りない返事。事故のことを知らない様子である。
「その事故に鹿が関係しているらしい、との情報を得まして」
「鹿ですか・・・鹿ならうちに1頭おりますが」
「今日お伺いしたのは、その鹿をお見せ願いたいと思ったわけでして」
「そういうことなら、どうぞ中へお入りください」
薮本はふたりの刑事を招じ入れた。
作品名:「山」 にまつわる小品集 その参 作家名:健忘真実