「山」 にまつわる小品集 その参
ゼフィルス (萌え系・美少女)
「あ。あの!」
「はい?」
「一緒に写真を撮りたいんですけど、あなたと。
・・・オイ、良平、シャッター押してくれ」
一樹は、息を切らしてようやく現れた良平にカメラを押しつけて、お花畑の中に入っていった。
良平は肩で息をしている。ザックを下ろし、中に入っている2Lのポリタンを取り出しふたを回しながら
「待てよ、(ハァハァ)、水ぐらい飲ませてくれや」
と言うや、ゴクゴクとのどに流し込んだ。
そしておもむろにファインダーを覗いた。
にやけた一樹の隣にいるのは・・・
急いでカメラから目をはずして、直接見た。
美しい。美しい!
たちまちボーッとしてしまい、そそくさとシャッターを押した。その美しい人を中央にして。
「一樹、交代しろよ」
良平は顔の汗をぬぐい、お花畑の中に入っていって、一樹にカメラを差し出した。そして、
よろしくお願いします、と言い、美しい妖精のような女性の隣に立った。
「おふたりさんですか? この上の白馬山荘に泊まらはるんですか」
「はいっ、そうですっ」
「ほれ、あっこに赤い屋根が見えてますやろ。そこに居てるんですけどよかったら今日の宿にしはりません?」
後立山連峰あるいは表銀座と呼ばれている北アルプス最北部の白馬連峰。
夏には多くの登山者が列を連ね、昨今は「山ガール」といわれる女性たちにも人気があるポピュラーなコース。
大雪渓の上を四本爪アイゼンを着けて歩き、さらに胸を突くような急斜面を登りきると葱平に着く。そして小雪渓を横切ると「お花畑」が目を楽しませてくれる。
シナノキンバイやミヤマキンポウゲの黄色い絨毯の上を、シジミチョウが舞い踊っている。
ルリシジミ。青みがかった翅には黒い斑点がはいっている。
空色のTシャツとレギンス。紫色のラップスカートに黒いベスト、青いつば広帽子の下からは黒いショートカットヘアが・・・そして、空色の翅のようにみえる籐かごを背負っている。
まるで「蝶の妖精」を思わせる女性に誘われて、断る理由はない。
「白馬岳(しろうまだけ)行かはるんやったら荷物置いて、いるもんだけ持って行かはったらよろしいねん」
一樹と良平は、鼻にかかって甘くとろけるような声の関西弁に、ふわふわの絨毯の上を歩いている気分になり、その言葉に従った。
作品名:「山」 にまつわる小品集 その参 作家名:健忘真実