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「妖怪たちの世界に種類はない。あるのは名だけだ。そして名は命を左右する」
 梓はまだよくわかっていない。眉間にしわを寄せていた。サトキの周りにふわりとやわらかい風が舞う。幻想的な雰囲気に包まれた。
「妖怪相手に種類を聞こうが、名を聞こうが、答えなんてもらえねぇっての」
 怖ささえ覚える凪いだ空気に、梓はつぶされそうになった。息苦しささえ感じ、魚のように口をパクパクさせる。そんな彼の手元から、サトキはペンダントを取り上げた。梓ははっと気付いたが、背の高いサトキが高々と上げられては、背の低い梓に取り返すことは不可能だった。しかし、取り返さない気はない。梓はこぶしを思いっきりサトキにぶつけようとした。
 しかし、サトキは軽々とそれを交わした。さらに、梓の腕をしっかりとつかんでひねる。痛みを感じない程度に力を入れられていないのに、まったく動くことが出来なくて悔しい。梓は無邪気なサトキの雰囲気に呑まれて、油断していたことを後悔する。
 一方のサトキは、あまりに軽々と押さえつけることができたことに驚いた。梓の外見はどこかの高校の男子学生だ。筋肉質ではないが、決してやせぎすでもない。平均的な身体ならば、平均的な力があるはずだった。
 不思議に思っていると、梓が見返ってにらんできていた。「なにすんだ」と言われずとも感じられる。悪意のなかったサトキは、思わず手を離した。彼は敵意が特に苦手だ。
「自己防衛っしょ、これは」
 未だに視線をそらさない梓は、サトキを警戒する。
「なにが狙いだ」
「盗る気はねぇって」泣きそうな声でサトキは弁解した。戦闘体制はといてくれたものの、梓はサトキへの敵意を消さない。にらみつけてくる視線も動かない。ペンダントをサトキが持っている限り、それを望むのは無駄のようだ。
「自分の聞き方がおかしいというのは解った。でもじゃあ、どうやって探せと?」
「解ってんじゃないの?ペンダント使ってたじゃん」
 先ほどサトキが説明したとおり、妖怪を名や種類で探し出すことはできない。外見などで探すこともかなり困難を帰する。かなりの数がいるのだから、当然だろう。しかし、人間の匂い同様、妖怪の妖気には個人差がある。しかもそれ自体が力を持ち、本体に帰化しようとする性質まで持つ。とはいえ、ペンダントのような容器に入れていてはそれはあまり働かず、言霊をかける必要があった。もちろん外に出しては追える速さではないが。
 梓はやっと視線をそらしてくれた。ひそかにサトキは安堵する。梓は相変わらずの硬い表情のまま、ペンダントをにらみつけた。
「・・・どうにも素人に扱えるもんじゃなくてね」
 おかげで何度も彼は森で迷子になっていた。
「術師を雇えば?祓い屋とか」
「金がない」
「苦学生なのね」
 祓い屋はかなり大金を払って雇うものなので、苦学生じゃなくても学生が雇うのはほぼ不可能だ。そんな人間の事情など、妖怪であるサトキの知るところではない。彼はただ、知っている言葉を使っただけに過ぎない。
 サトキはペンダントを見ると、そこから洩れる妖気に顔をしかめた。
 とてもじゃなけど、いい妖気とは言えない。梓は母の友だと言い張っていたが、人間の相手をしてくれるほど善良な妖怪だなんて思えなかった。しかも無駄に強い。さきほどの妖怪たちは、きっと命の危険を覚えたに違いなかった。
「なあ、マジで母とかいう人の友達だったわけ?」
 妖怪に母の定義はない。妖怪にあるのは「母体」であって、「母体」のイメージはひよこでいう卵の殻だ。鶏ではなかった。そのため、こういう言い方になってしまったのである。
 サトキが感じ取った妖気の邪悪さなど知らず、疑わぬ目で梓は自信満々に言い張った。
「ああ、母はその妖怪に助けられている」
 きっと何か原因があったのだろう。それがたまたま彼女を助けただけだ。
 サトキには梓がいなくなるのを防ぎたい理由がある。このままペンダントを返さなければ嫌われるだろうし、だからといってただ返しては梓はきっと死ぬだろう。
 サトキは梓に向かってペンダントを投げると共に、にっと笑った。
作品名:見えない 作家名:神田 諷