見えない
「え?俺が会いたいから」
どうしてそんなことを聞くんだと言わんばかりの顔だった。その顔に、少年は拍子抜けする。
なんて危機感なく生きている男なのだろう。人間のように法に守られていない妖怪間で、こんなやつがよく生きていけるものだと感心する気持ちさえ芽生えた。
嘆息のち、彼は口を開いた。
「梓だ。あ・ず・さ」
「あの落葉高木と同じ名前か?」
名詞として成り立っている漢字が使われているといっても、自分の名前に使われている字が、いったいどんな実物なのか知る人は少ないだろう。梓もそんな一人だ。
「知るか」
「そっか。俺はサトキだ」
ニコニコと爽やかな笑顔で、サトキは自己紹介をした。が、これでは交換条件ではない。
「・・・教えてくれるのは、君の名前じゃなくて、質問の間違いじゃなかったか?」
「名前はおまけだ。どうせ並人には名前で相手を探る術はないだろう」
自分が術師ではないことを見破られたのに、梓は敗北感を感じる。血だろうと髪だろうと、妖怪の破片を持っている常人は珍しいのは言うまでもないだろう。持っていたところで、価値もないし意味もない。落ち込んで下を向く。
サトキは梓に背を向けて、悠然と腕を広げた。背が大きい分だけ腕も長く、格好がつく。梓はその動きでうつむいていた顔を上げた。
「この世界はとても広い」
「は?」急にサトキが演説を始めた。演劇調の物言いが、おかしさを感じさせるところだ。
「人ですら60億以上も『種類』がいるのに、妖怪がその数に劣ることがあろうか!」
「待て。人は3種類だ。国籍で分けたって200種類もいない。60億は人数だ」
妙にテンションの高いサトキについていくことが出来ず、しかし細かい梓は彼の間違いを訂正する。が、サトキはそれを間違ったと思っていなかった。
彼は腕を下げると、きょとんとした顔で振り向いた。初めて梓は、彼の瞳が美しい黄土色だと気付く。他の印象が小汚かっただけに、そのきれいさが際立っていた。
「人数と同じ分だけ個性と名づけられた種類がある。いわば名は種類を表すものだろう」
「君は話が長いんだな」
「話を聞いてくれるほど優しい友人に恵まれてこなくてね」
自虐ネタも持ち合わせているようだ。しかし、梓が聞きたいのはこんな話じゃない。そして演劇に乗ってやるほど仲がいいわけでもない。仲がよくても、梓は乗るような性格ではないが。
「自分が聞きたいのは問題の間違いについてだ。演説じゃない」
「まだ解らないのか?」
サトキはにやりと笑った。