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見えない

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「お前、俺が見えるのか?」
 それはおかしな話だった。妖怪の声が聞こえる人って言うのは、大抵姿も見える。会話が出来ていた時点で、相手に姿を見る能力があると思うのが普通だ。もちろん少年もこの考え方の持ち主で、聞かれたことに混乱し呆然としていた。
 彼の心中を察することもなく、青年は彼の肩をつかんでゆする。力が強く、肩が痛くなる。
「俺が映ってるのか?お前の目に!」
 ぶんぶんと頭を振り回された少年は、勢いよく両肩の手を同時に払った。青年は後ろによろめいたが、泣きそうな顔をしている。そんな人間に見られるのが嫌だったら黙ってろよと、少年は口に出さずに悪態をつく。彼は青年を思い切りにらみつけて怒鳴った。
「見えてるよ、はっきりとな!それで見られない術をかけてるつもりなら、もっとはげんでからにしろ!それまで見られたくなけりゃ黙ってろ!」
 長セリフを息もつかずに大声で放った彼は、荒く息をする。さっきつかまれたせいで、呼吸するたびに肩に少しの痛みが走った。
 泣きそうだった青年は、しかし涙目のまま満面の笑みを浮かべた。へ?と少年が拍子を抜かしたと同時に、青年は彼に抱擁を交わす。
「俺が見える奴がまだいたのか!」
 ぎゅっと抱きついたまま、青年は感涙した。抱きつかれた少年は彼の行動に目を白黒させて、しばらくはされるがままになっている。
 我に返った少年は、青年の腹に膝蹴りをかました。奇声を上げてうずくまる青年をよそに、汚れた着物から移ったホコリを、ぱんぱんと払いながら静かに青年を見た。
「放せ」
「言ってから攻撃してください・・・」
 感動から痛みへと、彼の流す涙の意味が変わる。
 毅然と見下ろしてくる少年を、ゆがんだ視界で青年は見た。仁王立ちがここまで似合う奴はそうそういないだろうと、どうでもいい感想を抱く。態度がとてもでかそうだ。
 それでも彼は、青年が復活するまで待っていてくれた。逃げないでいてくれたことに感謝を述べると、彼は平然とした顔で青年を見下ろした。
「君は何の情報も持ってないのか?」
「持ってないね、お望みの情報は。でも、お前の探す手段に間違いがあるのはわかる」
 立ち上がった青年が、今度は少年を見下ろす番になった。上目遣いなんて可愛い言葉が当てはまらない険悪な表情で、少年は青年を見上げた。
「・・・なにが違う?」
「情報交換ならいいぜ」
 青年はにやりと笑った。妖怪と情報交換をするなんて、悪魔と契約するような覚悟がいる。どう使われるか解らないからだ。しかし、少年は母の友人と出会うためなら、その命をささげてもいいと思っていた。幽霊になってでも会いにいくだけだから。
「どの情報だ?」
「名前」
「は?」
「名前を教えてくれよ。そうしたら教えてやる」
 名前を特定されれば、個人が特定される。個人が特定されれば、それは確かに命に関わることだった。失敗すれば、操られる可能性だってある。
 少年は怪訝な顔こそしたが、ためらいはなかった。彼が口を開こうとすると、青年が掌を突き出してきた。おもわず発声が止まる。
「いや、本当に名前だけでいいんだ。苗字なんて入らない。名が解れば、お前がどこにいるのか、特定できるんだ。俺様にはそういう凄い能力がある」
「・・・なぜ、居場所を特定する必要がある?」
 母の友人と会う事を妨害するつもりかと思った。さきほどの妖怪たちがおびえるほど、凄い力を持った妖怪。そんな方に人間が謁見するなど、きっと本来は許しがたい行為のはず。だとすれば居場所を特定して、殺さずとも妨害してくる可能性は高かった。
 けれども、青年の回答はまったく違った。
作品名:見えない 作家名:神田 諷