見えない
森主が倒れこんだのだ。
彼の姿がかすむほどの真っ黒な邪気があふれ出し、森主はゲホゲホとせき込む。出てきたものも真っ黒な液体で、それからも邪気が蒸気のように出てくる。森主の中には、それほどまでに邪気がたまっていたのだ。
ふらつきながら立ち上がった彼は、呆然と立ち尽くす梓を見た。唐突に進路を変えると、ゆっくりと梓の方へ歩き出す。サトキは思わず叫んでしまった。
「梓ッ!」
「動くな!」
足元に落ちていた大きな枝を竹刀のように構えた梓が声を重ねた。その対象は森主なのだが、梓に後ろめたさを抱いている今のサトキも、つい体の動きが止まってしまう。本来の対象である森主は全く足を止めず、彼女にどんどん近付いていく。
「俺は・・・ずっと・・・、ずっと・・・」
梓は躊躇わずに走りだした。木の棒を大きく振るい、それが森主のわき腹に当たる。しかし、当たると同時にそれは邪気にあてられ風化する。体勢を直す前に、彼が梓を強く抱きしめた。殺されると思っていた梓は、ぽかんとして固まる。
「見送ってほしかっただけだ。『君』に」
梓は「彼女」じゃない。もう「彼女」に見送ってもらうことはできない。それでも森主は梓が良かったのだ。
頭痛が徐々におさまってきたことに疑問を抱きながら、馨は頭を押さえたまま顔をゆっくりと上げる。奥に梓が茫然としているのが見えた。しかし、彼に何かがしがみついていることも、目の前に何かの足があることもわかった。
いや、うっすらとだが、見えたのだ。
「妖怪の姿が見える・・・?」
馨は驚いた。自分の目には見えないはずのそれが、どんどん明確に見えてくる。奥に見えるのは、徐々に姿が消えかける森主の姿。梓以外には見えないはずのサトキを視認できるというのも不思議な点だ。そこで彼は気づく。
「呪いが解け始めてるのか?」