見えない
「妖怪・・・なの?」
森主は、答えることも、うなずくことすら出来なかった。彼女が妖怪嫌いであることも解っているし、妖怪が好きな人間というものが実在するのかも不明だ。「祓い屋」という職業が成り立っているところからもすぐに解る。黙りこくった森主に対し、祓い屋は満足そうに笑った。
「ほら、言ったでしょう?『森主』は、動物の生命力を吸う危険な妖怪なんですよ」
自覚がないので、それに対してはうなづくことはない。が、動物が見えない森主にとって、その状況を否定することも出来なかった。しかし祓い屋だけでなく葵も知っていることなのだから、本当に自覚がないだけなのだろう。
もう終わりだと、彼は悟った。けれども彼女の行動は彼の想像の上を行く。
「待って、彼が森主だとは限らないわ」
「は?」敵対している二人が揃って彼女のほうを見た。二人ともおかしいくらいマヌケな顔をしていて、笑い上戸の彼女はこらえるのがすこし大変だっただろう。彼女はよたよたと立ち上がると、森主をかばうように移動した。
助けようとした相手ににらまれた祓い屋の男は、ついたじろいだ。だが、彼とて仕事できているのだ。滅多に遭遇できない森主を、ここで封じないという選択肢は無かった。腹の子供にどんな影響が出るか解らないので、出来れば彼女を引き離したかったのだが、もうやむをえない。彼はため息をついてから印を結ぶ。
「祓い屋」をよく知らない葵にはそれが何を意味するのか、まったく解らなかった。森主だって知らなかったが、自分に攻撃しようとしているのだとは解る。くいと上体を倒し、小さな彼女の耳元でささやいた。
「もういいよ。ありがとう」
驚いた葵が振り向くと、森主が笑っていた。それが彼女の見た、最初で最後の彼の笑顔になる。
ドンと背中を押され、葵はいとも簡単にバランスを失った。倒れこむ前に、印を結び終えた祓い屋が葵を助ける。礼も言わずに振り返った葵の目の前にいたのは、吐き気がするほどの邪気を放つ森主の姿だった。
「確かに、俺が森主だ」
祓い屋にはもう確信があることはわかっていた。だから言う必要がないことも。でも、彼女がそうかばってくれた手前、彼はわざわざ名乗った。
青かった空には暗雲のように彼の邪気が上り、空が紫色に染まったように見える。そこまでの妖気に、初めて遭遇した祓い屋も、ピンと張った空気に閉塞感を味わった。それが彼を焦らせる。出来上がっていた封印のための細工を、すぐさま発動させた。
森主の周りからぶわっと蔓があふれ出し、彼を木に縛り付けた。蔓には三十センチ間隔で符がついており、術によって生成されたものだと一目でわかる。
「祓い屋」
声をかけられるとは思っていなかった祓い屋の男は、目を丸くして森主を見た。森主はしっかりと男の目を見つめる。