見えない
「お腹の赤ちゃんが育ってる証拠だもの。嬉しいくらいだわ」
葵の腹が「彼女」より出ているのは解っていたが、触れていいのか解らなかったので放っていた。まさか、そこにもう一つ生き物がいるとは思っても見なかったというのもある。しかし、同時に合点がいった。
いまさら卑怯なことかもしれないが、森主は彼女に対してある種の違和感を抱いていたのだ。葵は「彼女」と同じ雰囲気を持っているが、それはとても小さくて、たまに他の何かにかき消されていた。けれどもそれがもし、葵の腹の中にいる子供のものだとしたら、気配が揺らぐのも無理はない。
とはいえ理解していようが判明していようが、生き物の中で生き物が育っているという事態は森主にとってはなんとも奇妙だった。宿り木のようなものだろうかと、類似例を頭の中に引きずり出す。
その時だった。
「ほう、お前が森主か」
ぱっと振り返ると、一人の男が立っていた。視界に捉えられる人間は、「彼女」以外いないはずだ。それが見えるということは。
祓い屋か。
妖怪化した森主は、敵対関係にある人間だけは捉えられるようになった。もともと「敵」のいなかった精霊時代とは、日々の緊張感も違うということだ。
気付いた森主は眉間にしわを寄せて、葵をかばうように立った。しかし祓い屋の男は、符を構えて葵に告げる。
「お嬢さん、その妖怪は危険ですからこちらへきてください」
「・・・妖怪?」
葵はポカンとした顔で、祓い屋を見る。それから森主を見て、もう一度祓い屋に視線を戻した。
「待って、それは誤解よ。この人は人間で・・・」
「この森で多くの動物が死んでいるのを知っているでしょう?すべて彼の邪気にやられているのですよ」
森主には動物が見えない。そのため「死んでいる」という事実は初めて知ったのだが、どうやら人間たちの間では有名らしい。彼女の顔が青ざめたが、泣きそうな顔に変わって森主を見つめた。彼はもう彼女の顔が見れなくて、ただただ祓い屋のほうだけを見ている。そんな彼が不安を呼んだのだろう、彼女が振り絞った声を出した。