見えない
そこにいたのは、和服姿の青年だった。
彼は木の上で仰向けになって、腹を抱えて笑っている。ずいぶんと失礼な男だった。彼は眉間にしわを寄せて、その青年を見る。機嫌を悪くするのも当然の話だ。
少年が、その青年が妖怪だと気づくのに時間は要さなかった。薄汚れた紺色の着物、汚い茄子紺の帯、病的な白さの肌、泥色の乱れた頭髪。そのどれをとっても、人間ではなかった。妖力だとか、そんなことを考えるまでもないレベルだった。
一目も気にせずケタケタと笑う青年に、彼は怒りを押し殺した声で訪ねた。
「一体、なにがおかしい?」
少年が見ているのにも気付かず、青年は涙を汚い袖でぬぐう。眼科の世話になりそうな行為だ。
「だって、誰もいないのに、なにを熱弁しているのかと・・・」
どうやら、話し始める前にもういなくなってしまっていたようだった。そうなると、青年が笑う理由も理解でき、恥ずかしさが込み上げてくる。妖怪をちゃんと見つけなかったのが失敗だった。しかし素直ではない彼は、青年をにらみつけた。
「君がいたなら無駄じゃないだろ」
そこで青年は目を丸くした。ばっと振り返った拍子に、彼は木から盛大に落ちる。それでも痛がらずに、寝そべったまま少年を視界にとらえた。そこではじめて、少年に見られ続けていたことに気付いたようだった。
青年はよろよろと立ち上がると、少年を真正面から見た。意外と大きく、少年とは頭一個分違った。といっても、少年の身長は男性としては小さいほうだが。
見始めてから十分後、一言も発さなかった青年が口を開いた。