見えない
「ちょっと可愛い子たちに会ったのよ」
可愛い子、とはなんだろうか?そう不思議に思った森主だったが、彼女に尋ねるのはプライドが許せなくて、しかしわざとらしくふぅんと鼻でだけ返事をしておいた。
長年付き合ってきた彼女は、すぐに森主の言わんとすることが解ってしまう。が、初めて優位に立てた嬉しさからか、彼女は彼の木に寄りかかると、満足げにふふふと笑った。ただで教えてくれるつもりは無いらしい。森主はふてくされて彼女をじとっと見つめる。
「狸って見たことあるでしょう?」
唐突にそう、尋ねてきた。森主は怪訝な顔をする。「は?」
「狸よ、た・ぬ・き」
「知るか。人間が勝手に名をつけただけだろうが」
「そう言われたらお終いじゃない」と彼女は少し怒った。彼女は木から離れて行く。
たったアレだけでそこまで怒るほどか?森主は怪訝な顔をした。人間の女は面倒だと聞いた事はあるが、まさにそのとおりだと内心思う。
彼女は少し離れたところで、くるりとこちらに向きなおした。顔に怒りの色は無く、むしろ笑顔でいっぱいだ。腕を目いっぱい振ってくる。
「明日にでも動物図鑑持ってきてあげるね!」
どうやら怒ってはいなかったようだ。森主は無意識に安心する。
翌日、彼女は重たそうな動物図鑑を片手に木を上ってきた。森主が気付いたのは、彼女が枝に乗ってきたときである。それまでぐっすりと眠っていたのに、枝を揺らされては起きるのも仕方ない。
目をあけたときに隣に彼女がいて、森主は落ちそうになる。
「おまっ!年頃の娘が何をしている!落ちたらどうするんだ」
「落ちないわよ、助けてくれるでしょ?」
まったく。彼女のなんとたくましいことか。でもそれは図太いとも言えるし、勝手我が侭とも言えるだろう。好悪両点を持っている。
ため息をつく彼をよそに、彼女は動物図鑑を広げた。あるページでめくるのをやめると、そこに乗っていた茶色っぽい生物を指差した。様々な生き物が乗っているが、彼には全部同じ生き物に見えている。それに気付けなかった彼女が、平然と説明した。
「これが狸よ」
「・・・動物、なのか?」
「当たり前でしょ・・・って、観念が違うんだったわね」
昨日の言葉から反省する彼女に、森主は思わず告げてしまった。「いや、そうでなくて・・・」