見えない
「お前さ、何で毎日来るわけ?」
「お前じゃないって言ってるでしょ。藍(らん)だって」
ふてくされる彼女を見て、森主はため息をついた。彼女の名前を呼ぶ気もないし、覚えるつもりもない。それでも彼女は話をそらすときには必ずこれを使ってくる。
問いただすのを諦めた森主は、枝に寄りかかりながらため息をついた。
「・・・別にもう除け者扱いされてなどなかろうに」
それが聞こえたのだろう。藍は黙り込むと、すくっと立ち上がった。そして森主に笑いかける。
「あたし、もう行くね。また明日も来るから」
さりげない森主の言葉が、彼女にとってはかなり痛かったようだ。少し反省しながら、だからと言って謝るようなこともせず、背を向けることだけはしないで彼女を見た。
「来んでいい」
「またまたぁ!照れなくてもいいよ」
笑った彼女は春の花のようで、晴れやかな気持ちになる。しかし、咲いた花が暖色とは限らず、彼女の表情は寒色の花に酷似していた。
去って行く彼女に一声かけることも出来ず、森主は不安を抱いた。
翌日。いつもどおり彼女は来た。昨日の表情とは打って変わって、なんとも嬉しそうな顔である。思わず森主は尋ねてしまった。
「どうした?」
「ふっふっふっ、気になる?」
彼女の態度に眉間にしわを寄せた。得意げな表情の彼女に、森主はため息をつく。それから枝の上で器用にごろりと体制を変えた。藍に背を向ける形である。すると彼女はあっさりと謝ると、森主の顔が見えるほうに移動した。