見えない
「娘、なぜお前はそこにいる?」
小汚い姿の少女は、じっと彼を見る。それからへらっと気の抜けた笑いを見せた。思わず森主は怯む。
「うちにはよゆうがないんだって」
「は?」
「ままがいってた。うちにはふたりをそだてるおかねがないって」
お金。その言葉に森主は不快になる。自分たちの作った観念に振り回されるのがおかしい。しかもその観念によってわが子を捨てるなど、馬鹿らしいったらない。だから森主は人間が嫌いなのだ。
少女はすとんと木の下に座り込む。不機嫌な顔になった森主は、彼女を見る。
「で、お前は帰らないのか?」
「うん。おにいちゃんしかそだてられないって、ままないてたもん」
立てたひざを抱え込み、頂点に顎を乗せて少女は答えた。声が震えているのがわかって、森主は大声で泣かれやしないかと、ひやひやしている。人間の泣き声は煩くて、当然ながら嫌いなのだ。
森主は少女に興味をなくし、そのまま太い枝にそって寝転がる。フウと息を吐いたばかりのときに、彼は声をかけられた。
「せいれいさんは、どうしてここにいるの?」
興味をなくしたら、もう答えるのが面倒臭くなっていた。森主は彼女を無視する。それでも彼女は諦めずに話しかけてくる。
「きこえないの?せいれいさーん?」
ずーっと呼びかけてくる声がどんどん我慢できなくなって、森主はかったるく答えた。
「精霊に自由はない。ここで生まれればここから離れられないのが鉄則だ」
正直に言えば、ここから離れようと思ったことがないのだが。しかしそういえばどうしてそう思わないのかと聞かれるに決まっている。子供の相手をしているほど暇ではないのだ。
しかし、森主の読みは甘かったといっていいだろう。