見えない
森主にたどり着く前に、空き缶が落下し始めたのである。振り返った森主は、速度を落とした空き缶を梓のほうに蹴飛ばした。そのまま彼が空き缶に背を向けたとき、空き缶がありえない動きをする。
向きを180度変え、速度まであげて突進し始めたのだ。風を感じて振り返った森主だったが、現実離れしたその動きに対応し切れない。慌ててかばった右腕に、思いきり空き缶がぶつかった。長く放置されていたらしいそれはきちんとした凶器であり、腕に切り傷を生み出して、赤い血が流れ出す。
突然の事態に驚いたのは、梓と馨の二人もそうだった。しかし、馨は早々とその正体に気づく。ばっと梓の後ろを見た。同時に森主も、ゆっくりとそちらに目を向ける。
二人の視線を追って梓が振り返ると、後ろに木にサトキがいた。太い枝の上で、腕を組んでえらそうに仁王立ちをしている。目はずっと森主を捕らえていた。
森主は目を動かさずに、口角だけを上げる。
「ああ、久しいな」
声をかけられたにも関わらず、サトキは言葉を返さなかった。淡々と森主を見ている。同じ顔の人間がにらみ合うさまは、まるで鏡のようだ。
森主は隙を突こうと攻撃してきた馨をかわし、サトキの前までふわりと飛び上がった。
「さすがは狸だ。俺の形をここまで真似するとはな」
森主が近づいただけで、サトキの立っていた樹が枯れていく。しかし、サトキは枝から動くことなく、周囲に強風を作り出して森主を吹き飛ばした。とはいえ、ぶっとばすことはできず、遠のかせたくらいだった。
「サトキっ、お前・・・」
木の下で梓が叫ぶ。すると、サトキが樹から飛び降りて、森主をびしっと指差した。そして高らかに声を出す。
「俺様登場!」
ヒーロー戦隊物のマネなのだろうが、ポーズも雑だしセリフがダサい。人間二人はぽかんとマヌケに口を開いた。
降り立ったサトキが声をかけたのは、先ほど名を呼んだ梓ではなく、森主の位置を探していた馨だった。
彼は馨の頭にポンと手を置いて尋ねる。