見えない
休章・カオルとサトキ
サトキがいなくなってからも、梓はずっと森主を探し続けた。サトキと別れた事が原因なのか、妙に意気込んでいた。たぶん、彼女なりに別れた理由が欲しかったのだろう。無駄な別れにはしたくなかった、というべきか。
そんな彼女は、痛々しくも見えた。そのため、馨は彼女からペンダントを横取りしようとすることはなくなった。その代わり、馨は彼女とともに探すことにしたのだ。許可はもらっていないが。
この日、馨は先に森に来ていた。最近、彼女はいつもこの森に来る。だから最近は先にこの場所に来ていた。
補聴器に触れる。人間の声は支障なく聞ける彼は、いつも補聴器をつけているわけではない。だから未だに耳の違和感はとれない。補聴器の文字は刻まれているため、触るとぼこぼこした感触が伝わってくる。
馨は祓い屋の五代目だ。代々祓い屋を営んできた彼の家系では、彼のように「見えない」人間が生まれてきたのは初めてだと、悲劇として扱われることも珍しいことではなかった。
物思いにふける馨の近くで、風が舞った。木枯らしという可能性もないわけではなかったが、馨はそれがサトキだと気付く。彼の風には少し癖があり、自然では絶対起きないような風を生み出すのだ。気付かれていないと思っているのか、彼は口を開かない。
「・・・なんか用か?」
「げ。見えないんじゃねぇのか」
いつもどおりで話しているが、実際声は震えていた。馨と話すことにおびえているようにも聞こえる。馨はサトキに合わせて、努めて普通に話した。
「梓ならまだ来てないぞ」というと、
「来てたら逃げてる」と笑った。まったく何を考えているのか、馨にはさっぱりわからない。そのまま、ゆっくりと時が動く。ふいに、サトキが動いた気配がした。
「どうした?」
「なんか、そろそろ梓が来る気がする」
犬かと、馨は怪訝な顔をした。サトキは大きく伸びをすると、向きを変える。
「・・・なんか、お前は俺が見えてんじゃないかって思うな」
彼なりの褒め言葉だろう。笑って言っている所からも、その本気さに疑わしさを感じた。しかし悪口ではないので、馨も笑って応じる。
「俺にとっちゃ、お前も他の妖怪と変わんねぇよ」
馨には見えていなかったが、サトキはかなりマヌケな顔で驚いていた。それからふわっと笑う。それはとても嬉しそうな顔だった。無邪気に馨に言い放つ。
「ってか、お前笑えんのな」
「・・・怒られたいか?」
「いやん、勘弁して」
ふざけたサトキは、そのままさよならも言わずに去った。見えなくても、存在を認識していれば気配でわかるものなのだ。
入れ違いに梓がペンダントを片手に姿を現した。げんなりとした顔の彼女に、馨は悪戯に笑う。
「よう、待ってたぞ」