見えない
サトキは三つ子として生まれた。サトキの種は大抵三つ子で生まれるので、さして珍しい話ではない。当時はまだ日本中に森があふれ、妖怪の数も今よりずっと多かったという。
生まれたといえど、サトキたちに「母親」はいなかった。具体的に言えば、産み落としてくれた存在はいたが、育ててくれるような存在はいなかったのだ。そのため、サトキたち兄弟の絆は、かなり強固なものだったらしい。
ある日、サトキたちはある人間と出会った。妙齢の女性で、森では珍しい存在だ。
「あら、可愛い。おいで」
最も好奇心旺盛だったサトキが、においを嗅ぎにその人に近づいた。兄弟のツキワがサトキを追いかける。もう一人の兄弟、マモルは木陰からその様子を見ていた。
それが、その人間との出会いだった。
何度も何度も彼女は、何の用があるのか、森に姿を現した。育ての親のいない三人が、彼女に懐くのにそれほど時間はかからなかった。
しかし、ある時をきっかけに彼女は姿を現さなくなった。
「・・・あの人、もう来ないのかなぁ」
はじめは怖がっていたマモルも、その時にはすでにかなりなついていた。一番の甘ったれ気質だったというのもあっただろう。彼の言葉をサトキはもっと楽観的に受ける。
「きっと忙しいんだって。人間は忙しいって、マモルも知ってるだろ?」
笑顔のサトキに励まされながら、マモルはうなづいた。木の上にいたツキワが、勢いよく落ちてくる。
「サトキ、マモル!むこうにおいしそうな実の成ってる木があるぞ」
ここ三日間、何も口にしていなかった。そのため、ツキワは何か食べれるものはないかと高いところから探していたのだ。そしてサトキは木に登れないマモルにあわせて、下で待機していたのである。
ツキワの案内にしたがって、三人は食べ物を目指して走っていった。
走り始めて二時間後、やっと目的の木についた。
「この上のほうに、たくさん実がなっていたんだ!」
ツキワは爪の鋭い妖怪だった。そのため、木の実の収穫は大体ツキワの仕事だ。そのツキワを木の上まで噴き上げるのが、サトキの役割だった。サトキは風をまとうと、それをツキワに向かって放つ。彼はふわっと上のほうまで飛んでいく。後は彼が木の実を落とすだけのはずだった。
しかし、その予定はある妖怪によって打ち消される。
ツキワが跳ね返されて落ちてくる。サトキが風でクッションを作って、マモルが保護する膜で助けた。幸いツキワに怪我はなく、すぐに体制を治した。
体制を治したツキワは、木の上をにらみつけた。追ってサトキとマモルも視線を向ける。すると木陰に、一人の人間の姿が見えた。見た目の体積から考えれば絶対に乗れないような細い枝に、その男はすわっている。大声で笑っていた彼は、三兄弟を見下ろして、狂ったような表情を見せる。