見えない
「梓は女の子なんだぞ!顔に傷でもついたらどうすんだよ!」
サトキの言葉に馨は更に目を丸くした。
外をうろつきすぎて真っ黒に焼けた肌、プロの女性スポーツ選手でもいないだろう短さの短髪、女子としては充分高い部類に入る身長。薄汚れたワイシャツに、土埃がついた真黒いズボンという服装も後押ししている。極めつけは悲しいくらい主張のないバストとヒップである。逆に肩幅があるのが悲しいところ。男として見るとスレンダーでカッコイイ体型だが、女子としては物足りないだけではないだろう。
サトキのことをすっかり忘れ、馨はただただ梓を見た。当然、梓は不機嫌になった。
「自分の性別のことなんてどうでもいい。何でペンダントを狙う」
その問いかけに、馨は我に返った。彼は今まで呆けていたのを取り戻すように、フンッと鼻を鳴らす。ふんぞり返って、いきなり偉そうになった。
「そんなの、説明する義理はないね」
性別の話を知っても、馨はまだ梓のペンダントを奪う気満々だ。むしろ相手が女性、つまり自分より弱い存在であることを知り、調子に乗ったとも言える。答えるやいなや体勢を変え、彼、改め彼女の後ろポケットを狙う。が、サトキが来た今、そんなことが出来るわけがなかった。
サトキは手の周りに小さな渦を作ると、そのまま馨に投げつけた。風は馨を近くの木にたたきつけるのに充分な力を有していたようだ。彼は背中を木に打ち付けた。
いまさらだが、一つの季節を越す間に、梓は一つ発見した。サトキが風を操る妖怪だということだ。推測に過ぎないのだが、彼が風を操る姿を何度も見ている。
そのまま風に押さえつけられた馨に、サトキが近づく。しかし、馨の目は梓をとらえていた。
「お前、なんか妖怪を使役してるのか?」
「使役はしてない。まとわりつかれているだけ」
「え!俺、ナイト的な存在じゃないの?」
「ほら!今の声、本当にお前の妖怪じゃないのか?」
それから何度も同じような問答がくり返される。思い込みの激しいサトキと、疑いを解かない馨に、梓が我慢できなくなるのに時間はかからなかった。
「君、仮にも祓い屋見習いなんだろう!サトキが見えないのか!」
ウソだと決めていた話題を、今度は盾にして梓が話す。卑怯に感じない気もしないでもなかったが、そんなことこの際どうでもよかった。しかしたった一言で、二人は一気に黙りこんだ。そろって梓から視線をそらす。
「おい、どうにか言ったらどうだ」
梓の叱咤にしばらく誰も答えなかったが、観念したように馨が口を開いた。